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コラム

自社株を後継者に集めると"争族"になる—事業承継と遺留分侵害額請求を弁護士が解説—【2026年版】

会社は長男に継がせる、だから自社株は全部、長男に渡しておく—中小企業の事業承継で、時折、耳にする考え方です。経営を安定させるために後継者へ株式を集中させること自体は、正しい面があります。しかし、ここに落とし穴があります。自社株を後継者一人に集めると、他の兄弟(非後継者)の遺留分を侵害し、相続後に遺留分侵害額請求という金銭の請求を受けることがあります。後継者が支払う現金を用意できなければ、承継した株式を手放さざるを得なくなる事態も生じ得ます。本記事では、自社株の集中がなぜ争族の火種になるのか、そして経営承継円滑化法の民法特例(除外合意・固定合意)、無議決権株式、遺言・生命保険・遺留分の事前放棄まで、揉めずに経営を渡すための設計を、弁護士が2026年8月時点の法令に基づいて整理します。
📋 この記事のポイント
  • 特定の相続財産(自社株など)を後継者に集中させると、他の相続人の遺留分を侵害し、相続後に遺留分侵害額請求(金銭請求)を受けるおそれがある(民法第1046条)。
  • 後継者が支払う現金を用意できないと、株式を売却・分散させることになり、集中させることができなくなります。これが事業承継に特有のリスクです。
  • 対策として、次の3つが考えられます。①経営承継円滑化法の民法特例(除外合意・固定合意)で自社株を遺留分の計算から外す(ただし実務での利用は少ない)、②無議決権株式で、議決権を渡さずに他の相続人の遺留分に配慮する(評価には留意)、③遺言・生命保険(代償金)・遺留分の事前放棄を組み合わせる。
  • ②の無議決権株式は、議決権を渡さずに済む一方で、渡す経済的価値そのものは減りません。遺留分の評価は時価で決まり、争点になりやすい点に注意します。

1. なぜ自社株の集中が争族の火種になるのか

事業承継では、会社の意思決定を安定させるため、後継者にできるだけ多くの議決権(株式)を持たせるのが望ましいです。2代目だけを考えても、仲の良かった兄弟が揉めることもありますし、その後のことを考えると株式がどんどん分散していく恐れがあります。理想は後継者に議決権の過半数、できれば3分の2以上を集中させることです。ところが、中小企業のオーナー経営者にとって、自社株は個人資産の大半を占める財産であることが少なくありません。その財産を後継者一人に集中させれば、他の相続人(後継者の兄弟など)の取り分は小さくなります。

ここで登場するのが遺留分です。遺留分とは、一定の範囲の相続人に法律上保障された、遺産に対する最低限の取り分をいいます。被相続人が遺言や生前贈与で自社株を後継者に集中させ、他の相続人の取り分が遺留分を下回ると、その相続人は後継者に対して遺留分侵害額請求(侵害された分に相当する金銭の支払い)を求めることができます(民法第1046条)。

📌 株そのものの返還ではなく、金銭の支払いに変わった
平成30年(2018年)の民法改正(令和元年7月1日施行)で、遺留分の制度は遺留分減殺請求から遺留分侵害額請求に改められました。改正前は、請求されると自社株そのものが後継者と請求者の共有になりかねず、経営が不安定になる問題がありました。改正後は金銭の支払いで解決する制度になり、株式が当然には分散しないようになりました。もっとも、これは裏を返せば、後継者はまとまった現金を用意しなければならないということでもあります。なお、この改正自体の立法趣旨は、遺留分をめぐる争いによって事業承継が妨げられる事態を避ける点にありました。

問題は、後継者にその現金がないケースです。財産のほとんどが自社株で、手元の預貯金が乏しいという状況は、中小企業では珍しくありません。遺留分侵害額を支払えなければ、後継者は承継した自社株を売って現金を作るか、会社に株を買い取ってもらう(金庫株)などの対応を迫られます。いずれも、せっかく集中させた株式を手放すことになり、経営が揺らいでしまう恐れがあります。

2. 自社株は遺留分の計算にどう乗るのか

対策を考える前提として、自社株が遺留分の計算にどう組み込まれるかを押さえます。遺留分の額は、まず遺留分を算定するための財産の価額(民法第1043条)を求め、そこに遺留分の割合(民法第1042条)を掛けて計算します。

(1) 生前贈与した自社株も計算に入る

ここが事業承継で押さえておきたい点です。被相続人が生前に後継者へ贈与した自社株も、原則として遺留分の計算に加算されます。相続人に対する生前贈与は、原則として相続開始前10年以内にされたもの(婚姻・養子縁組のためまたは生計の資本としての贈与)が、相続人以外への贈与は原則として相続開始前1年以内のものが、遺留分を算定するための財産に加算されます(民法第1044条)。早めに生前贈与で株を渡しておけば遺留分の問題は起きない、とは限らないのです。

(2) 株価が上がると、遺留分侵害額も膨らむ

さらに厄介なのが、株価の評価時点です。遺留分を算定するための財産の価額は、相続開始の時(被相続人が亡くなった時点)を基準に評価するのが原則です。後継者が相続時までに会社を成長させ、自社株の価値が上がっていた場合、その上がった株価を前提に遺留分侵害額が計算されます。後述する固定合意は、この問題への対策です。

📌 遺留分の割合や侵害額の計算方法そのものの詳しい解説は、遺留分侵害額請求の流れの記事遺留分とは何かの記事をご覧ください。本記事では、事業承継(自社株)に特有の対策に絞って解説します。

3. 対策①—経営承継円滑化法の民法特例(除外合意・固定合意)

自社株の遺留分問題に応える制度が、経営承継円滑化法(中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律)の遺留分に関する民法の特例です。一定の要件のもと、後継者が先代から取得した自社株について、推定相続人全員の合意で、遺留分の計算上の扱いを変えることができます。特例には2種類あります。

(1) 除外合意—自社株を遺留分の計算から外す

除外合意は、後継者が先代から贈与等で取得した自社株を、遺留分を算定するための財産に算入しない(=計算から除外する)合意です。これにより、後継者に集中させた自社株について、そもそも遺留分侵害額請求の対象にならないようにできます。

(2) 固定合意—株価を合意時の評価額に固定する

固定合意は、自社株を遺留分の計算に算入はするものの、その価額を合意時点の評価額に固定する合意です。前述のとおり、遺留分は原則として相続開始時の株価で計算されるため、後継者の努力で株価が上がると遺留分侵害額も膨らみます。固定合意をしておけば、合意後の株価上昇分は遺留分の計算に反映されず、後継者が安心して会社を成長させられます。固定合意における評価額は、税理士・公認会計士等による相当な価額であることの証明が必要とされています。

経営承継円滑化法の民法特例(除外合意・固定合意)の主な手続
① 後継者を含む推定相続人全員が書面で合意する(自社株を遺留分算定基礎財産から除外する/価額を固定する)。
② 後継者が、合意日から1か月以内に経済産業大臣(申請の窓口は経済産業省)の確認を申請する。
③ 確認を受けた後、家庭裁判所の許可を得ることで、合意の効力が生じる。
※対象は円滑化法上の中小企業者などの要件を満たす会社。適用の可否・具体的な要件は個別に確認が必要です。手続の詳細は中小企業庁の解説(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.html)を参照。

この特例の要点は、推定相続人全員の合意が必要だということです。つまり、非後継者となる兄弟も含めて、生前に円満な話し合いをまとめておく必要があります。ここは、相続人間の利害を調整する交渉そのものであり、弁護士が関与すべき場面です。逆に言えば、全員の協力が得られるうちに動いておかないと使えない制度でもあります。

(3) 実際にはあまり使われていない

ただし、この民法特例は実務ではあまり使われていないのが実情です。実際に使われた件数の目安になるのが、次の家庭裁判所の許可の申立件数です。

許可の申立件数(新受)
令和元年58件
令和2年54件
令和3年40件
令和4年67件
令和5年59件
令和6年41件

出典:最高裁判所「令和6年 司法統計年報 家事編」(家事事件手続法別表第一の134項=経営承継円滑化法第8条第1項の事件)。

年間おおむね40〜70件程度で推移しており、平成21年の制度施行以来の累計でも限られた件数にとどまります。使いにくさの原因は、家庭裁判所の審査ではなく、その手前にあります。推定相続人全員の合意が必要で、1人でも反対すれば使えないこと、そして経済産業省の確認と家庭裁判所の許可という二重の手続を、それぞれ期限内に踏む必要があることです。

比較のために同じ司法統計を見ると、遺留分の事前放棄の許可(民法第1049条)は令和6年で857件と、この民法特例の約20倍利用されています。事前放棄は、放棄する相続人が個別に申し立てればよく、全員の合意も経済産業省の確認も要りません。

📌 弁護士の視点—まず遺留分の事前放棄で足りないかを考える
この民法特例を検討する前に、まず遺留分の事前放棄(民法第1049条)で対応できないかを検討するのが現実的かもしれません。

4. 無議決権株式—議決権を渡さず価値を渡す設計と、遺留分評価の落とし穴

遺留分は「お金(経済的な取り分)」の問題なので、経済的な価値さえ渡せば満たせる、議決権まで渡す必要はない、という考え方があります。会社法は、権利の内容が異なる種類株式を認めており(会社法第108条)、その一つが、株主総会で議決権を持たない無議決権株式(議決権制限株式・会社法第108条第1項第3号)です。あらかじめ株式の一部を無議決権株式にしておき、後継者には普通株式(議決権あり)、他の相続人には無議決権株式を遺言で渡すと、他の相続人は経済的な価値を受け取るため、その価値の分だけ遺留分侵害額から差し引かれます(民法第1046条第2項)。議決権は後継者に集めながら、他の相続人の遺留分にも配慮できる設計で、実務でも用いられています。

(1) 遺留分の評価は、相続税評価と一致するとは限らない

ここで注意したいのが、評価の基準です。遺留分では株式を相続開始時の「時価」で評価します。一方、税理士がよく用いる相続税評価(財産評価基本通達の国税庁方式)は、税額を画一的に計算するためのものです。両者は(一致することもありますが)必ずしも一致するとは限りません。どの評価方法を採るかで、株式の価額は変わり得ます。

📌 裁判例—税理士の評価を裁判所が採用しなかった例
東京地判令和3年9月13日(平成29年(ワ)第29285号。平成30年改正前の事案)では、非上場会社の株式の評価が争われました。税理士は国税庁方式で「1株0円」と評価していましたが、遺留分を主張する側は純資産価額で「1株5,437円」と主張。裁判所は、税理士の0円評価を採用せず、機器類を購入・売却した実績から価値の減り方を割り戻して評価し、純資産価額で1株5,437円(保有7,490株で約4,072万円)と認定しました。同じ株が、税務では0円、遺留分の裁判では数千万円と評価され得るということです。
(もっとも、この事案では、譲渡が旧民法1039条の「当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってした」という要件を満たさず、最終的には遺留分の計算に算入されませんでした。)

この裁判例が示すのは、非上場株式の遺留分での評価は、税理士の相続税評価どおりに決まるとは限らないということです。国税庁方式は低い額が出ることがあり、遺留分の場面ではより高く評価されることもあります。

(2) 無議決権株式を使うときに留意すること

まず、この方法で渡す経済的価値そのものは減りません(遺留分の権利額は変わりません)。そのうえで、無議決権株式で他の相続人の遺留分を過不足なく満たせるかは、遺留分での評価がどう出るかによって結論が分かれます。無配当の会社では低く評価されて遺留分に足りず、差額を金銭で請求されることもあれば、純資産が厚い会社では想定以上の価値を渡すことにもなります。いずれにせよ、渡す株式が遺留分でいくらと評価されるかに留意する必要があります

5. 対策③—遺言・生命保険・遺留分の事前放棄を組み合わせる

民法特例や種類株式に加えて、次の3つを組み合わせると、より確実な設計になります。

(1) 遺言で株を集約し、生命保険で代償金を用意する

遺言で自社株を後継者に相続させると定めれば、遺産分割協議を経ずに株式を集約できます。ただし遺言だけでは遺留分の問題は残るので、後継者を受取人とする生命保険と組み合わせます。後継者は受け取った死亡保険金(原則として受取人固有の財産で、遺産分割の対象外)を、他の相続人への遺留分の精算金(代償金)に充てられます。株は後継者に渡し、精算金は保険で用意するという組み合わせは、事業承継でよく用いられます。

(2) 遺留分の事前放棄(家庭裁判所の許可)

非後継者となる相続人が納得している場合には、相続開始前に遺留分を放棄してもらう方法もあります。相続開始前の遺留分放棄は、家庭裁判所の許可を受けたときに限り効力を生じます(民法第1049条第1項)。強制的な放棄を防ぐための保護規定で、家庭裁判所は放棄が本人の自由な意思によるものか、放棄に見合う代償があるか等を審査します。非後継者に相応の代償(他の財産や金銭)を用意したうえで、円満に合意できる場合に有効な手段です。詳しくは遺留分を減らす方法の記事もご覧ください。

手法 効果 主な要件・留意点
除外合意・固定合意
(経営承継円滑化法)
自社株を遺留分の計算から除外/株価を固定 推定相続人全員の合意+経済産業大臣の確認+家庭裁判所の許可
無議決権株式 議決権を渡さず、遺留分を経済的価値で満たす 渡す経済的価値は減らない。遺留分は時価評価で争点になりやすい。配当優先や代償金と併用
遺言+生命保険 株を後継者に集約し、遺留分の精算金を保険で用意 保険金は受取人固有の財産。遺留分問題は別途残る点に注意
遺留分の事前放棄 非後継者の遺留分そのものを消す 相続開始前は家庭裁判所の許可が必要(民法第1049条)。相応の代償が前提

6. 弁護士の視点—揉めない承継をどう設計するか

本記事で見てきたとおり、事業承継の設計は、遺留分(民法)、種類株式(会社法)、経営承継円滑化法の特例、遺言・生命保険と、複数の法分野を横断する法的な組み立てです。株価を下げる節税スキームだけを追いかけると、非後継者との感情的な対立を見落とし、結局は相続後の紛争で会社が傷つくといった事態になりかねません。逆に、遺留分・議決権・出口までを見据えて設計すれば、税務上の工夫も安心して活かせます。

すでに事業承継のスキーム提案を受けている経営者の方も多いと思います。その提案が法的に揉めないか、遺留分は大丈夫か、株の分散を防ぐ設計や、将来のM&Aまで見据えているかを、弁護士の視点で第三者チェック(セカンドオピニオン)することには、意味があります。

弁護士 加山綾一のコメント

事業承継の相談は、経営・税務・リスクという複数の分野が重なり合う相談です。しかも、同族会社であることや持株比率といった、上場企業にはない固有の事情が絡みます。そのため、相談を受ける側の経験がものを言い、誰に相談するかによって答えが変わってくる分野でもあります。設計を誤ると、家族が嫌な思いをし、ときに会社にも悪い影響が及ぶことがあります。ひとりの専門家だけで決めず、複数の人に相談しながら進めるのがよい分野だと考えています。

よくある質問

遺言で自社株をすべて後継者に相続させる(遺贈する)こと自体は可能です。ただし、それによって他の相続人の遺留分を侵害すると、後継者は遺留分侵害額請求(金銭請求)を受ける可能性があります(民法第1046条)。遺言だけでは遺留分の問題は解決しないため、経営承継円滑化法の民法特例、生命保険による代償金の準備、遺留分の事前放棄などとセットで設計することが重要です。
必ずしもそうとは限りません。相続人に対する生前贈与は、原則として相続開始前10年以内にされたもの(生計の資本としての贈与など)が、遺留分を算定するための財産に加算されます(民法第1044条)。また、その価額は原則として相続開始時を基準に評価されるため、贈与後に株価が上がると遺留分侵害額も膨らみます。早期の生前贈与には、経営承継円滑化法の固定合意(株価を合意時に固定する特例)を併用することが効果的です。
経営承継円滑化法の民法特例は、円滑化法上の中小企業者などの要件を満たす会社が対象です。手続としては、後継者を含む推定相続人全員の書面による合意、後継者による経済産業大臣への確認申請(合意日から1か月以内)、家庭裁判所の許可が必要です。全員の合意が前提になるため、相続人間の関係が良好で、生前に話し合いができる状況で使える制度です。適用の可否や具体的な要件は、弁護士・専門家に個別にご確認ください。
加山綾一 弁護士(東京弁護士会)
加山綾一(弁護士)
東京弁護士会所属(登録番号39453)。複数社の顧問、社外役員等を務める傍ら、弁護士主導の相続サポートプラットフォームを運営。中小企業の事業承継・遺産分割の実務に携わる。相続診断士。

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参考条文・参考資料

  • 民法第1042条(遺留分の帰属及びその割合)
  • 民法第1043条(遺留分を算定するための財産の価額)
  • 民法第1044条(遺留分を算定するための財産の価額に算入する贈与)
  • 民法第1046条(遺留分侵害額の請求)
  • 民法第1049条(遺留分の放棄)
  • 会社法第108条(異なる種類の株式/無議決権株式)
  • 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)—遺留分に関する民法の特例(除外合意・固定合意)
  • 中小企業庁「事業承継・遺留分に関する民法の特例(経営承継円滑化法)」https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/shoukei_enkatsu.html
  • 最高裁判所「令和6年 司法統計年報 家事編」第2表・第3表(家事事件手続法別表第一の134項=経営承継円滑化法第8条第1項の事件)
  • 東京地方裁判所 令和3年9月13日判決(平成29年(ワ)第29285号)遺留分減殺請求事件
  • 国税庁「相続等により取得した種類株式の評価について(照会・回答)」(平成19年)
  • 国税庁「取引相場のない株式の評価」タックスアンサー No.4638https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hyoka/4638.htm
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