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コラム

遺留分侵害額請求の流れ—やり方・時効・調停・弁護士費用まで弁護士が解説—

遺留分侵害額請求の流れ
遺言書を見て「こんな内容は納得できない」「生前贈与で明らかに不公平な扱いを受けた」——そう気づいたとき、最初に何をすべきでしょうか。遺留分侵害額請求権は、法律が認めた強力な権利ですが、「知った時から1年」という短い時効があります。手続きの流れを理解しないまま時間を過ごすと、取り戻せるはずだった財産が永久に失われてしまいます。この記事では、内容証明郵便の送り方から調停・審判の流れ、弁護士費用の目安まで、遺留分侵害額請求の実務を条文に基づいて解説します。
📋 この記事のポイント
  • 平成30年(2018年)の民法改正で「遺留分減殺請求権(現物返還)」から「遺留分侵害額請求権(金銭支払い)」に一本化された。事業承継の円滑化が立法趣旨(民法第1046条)
  • 侵害額の計算式は各自の遺留分額 − 受けた遺贈・特別受益贈与 − 取得すべき相続分 + 承継する相続債務。寄与分は考慮されない点に注意
  • 請求の負担順序は「受遺者が先・受贈者が後」。受遺者が複数の場合は価額に応じて按分(民法第1047条)
  • 時効は「知った時から1年」、除斥期間は「相続開始から10年」。まず内容証明郵便で時効を止めることが最優先(民法第1048条)
  • 家庭裁判所への申立ては調停前置主義が適用される(家事事件手続法第244条・第257条)。調停不成立の場合は審判・訴訟へ移行する

平成30年改正:「減殺請求」から「侵害額請求」へ

遺留分の制度は、平成30年(2018年)の民法改正によって根本的に変わりました。改正の内容を理解しておくことは、現在の手続きを正確に把握するうえで欠かせません。

旧法(改正前):遺留分減殺請求権と現物返還

改正前の旧民法では「遺留分減殺請求権」という権利が認められていました。この権利を行使すると、遺贈や贈与の効力が一部無効になり、目的物の共有持分を取り戻す「現物返還」が原則でした。

たとえば、被相続人が後継者である長男に会社の株式を全額遺贈した場合、次男が遺留分減殺請求を行うと、その株式の一部が次男との共有になってしまいます。これでは経営に支障が生じ、事業承継の障壁になっていました。

新法(改正後):遺留分侵害額請求権と金銭支払い

平成30年改正後の現行法では「遺留分侵害額請求権」として制度が改められました。遺贈・贈与の効力そのものは維持したまま、侵害された額に相当する金銭の支払いを請求できる制度です(民法第1046条第1項)。

これにより、後継者は株式・不動産・事業資産を手放すことなく経営を継続できるようになりました。他方、遺留分権利者(次男等)は金銭を受け取る権利を得ます。

重要:「遺留分減殺請求」「遺留分減殺」は旧法(平成30年改正前)の用語です。令和元年(2019年)7月1日以降に開始した相続には現行法が適用され、正しい名称は「遺留分侵害額請求権」です。

改正の立法趣旨——事業承継の円滑化

堂薗幹一郎ほか『逐条解説 改正相続法』(商事法務、2024年)によれば、改正の最大の目的は事業承継の円滑化です。旧法の現物返還では、後継者に遺贈した株式が他の相続人との共有になることで株式が分散し、経営権が不安定になるという問題がありました。金銭債権化によってこの問題を解決しつつ、遺留分権利者の実質的な保護(金銭による補償)も維持する、という立法政策の選択です(同書p.19)。

⚖️ 条文
民法第1046条第1項(遺留分侵害額の請求)
「遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。」

遺留分侵害額の計算方法(民法第1046条第2項)

遺留分侵害額の請求を行うためには、まず「いくら請求できるか」を正確に計算する必要があります。民法第1046条第2項が定める計算式は以下のとおりです。

【遺留分侵害額の計算式(民法第1046条第2項)】
遺留分侵害額
= ① 各自の遺留分額(民法第1042条による額)
 - ② 遺留分権利者が受けた遺贈または特別受益贈与の価額
 - ③ 遺産分割で遺留分権利者が取得すべき具体的相続分相当額
 + ④ 遺留分権利者が承継する相続債務の額

各要素の意味

①各自の遺留分額は、遺留分算定基礎財産 × 総体的遺留分割合(1/2 または 1/3)× 自己の法定相続分で計算します。遺留分の基本的な計算方法については遺留分とは何かをあわせてご参照ください。

②受けた遺贈・特別受益贈与の価額は、遺留分権利者自身がすでに遺贈や特別受益となる贈与を受けている場合、その分は侵害額から差し引かれます。すでに受け取っているからです。

③遺産分割で取得すべき額は、遺産が残っている場合に遺留分権利者が具体的相続分に応じて取得できる価額です。遺産を全額受け取れる場合には侵害額がゼロになるケースもあります。

④承継する相続債務の額は、遺留分権利者が相続債務を承継する場合、その分はプラスされます(債務を背負う分、受け取る金額が増える)。

計算例——「遺産3000万円・子A・Bがいて全額をAに遺贈する遺言」のケース

被相続人(配偶者なし)、子はAとBの2人。遺言により全財産3000万円をAに遺贈。生前贈与なし・相続債務なしとします。

算定基礎財産を確認
3,000万円(相続開始時の財産)+ 0(贈与)- 0(債務)= 3,000万円
総体的遺留分を確認
子のみが相続人 →「前号に掲げる場合以外の場合」→ 総体的遺留分は1/2(民法第1042条第1項第2号)
BのAに対する遺留分侵害額を計算
Bの法定相続分:1/2(子2人のうち)
Bの遺留分額 = 3,000万円 × 1/2 × 1/2 = 750万円
侵害額 = 750万円 − 0(受けた遺贈・贈与)− 0(取得すべき相続分)+ 0(承継債務)= 750万円

BはAに対して750万円の金銭支払いを請求できます。Aは遺産(不動産等)の所有権を維持したまま、750万円を現金で支払う義務を負います。

⚠️ 寄与分は遺留分計算では考慮されません

遺産分割では介護等の貢献(寄与分)が相続分に加算されますが、遺留分侵害額の計算において寄与分は一切考慮されません(民法第1046条第2項第2号は第900条〜第904条による相続分を基準とし、第904条の2(寄与分)を含めていません)。これは、寄与分の認定には家庭裁判所の判断を要し、客観的な金額確定が困難なためです(堂薗ほか・前掲書p.24)。

寄与分を主張するには、遺留分侵害額請求とは別途、遺産分割調停・審判で手続きを進める必要があります。

⚖️ 条文
民法第1046条第2項(遺留分侵害額の計算)
「遺留分侵害額は、第千四十二条の規定による遺留分から第一号及び第二号に掲げる額を控除し、これに第三号に掲げる額を加算して算定する。
一 遺留分権利者が受けた遺贈又は第九百三条第一項に規定する贈与の価額
二 第九百条から第九百二条まで、第九百三条及び第九百四条の規定により算定した相続分に応じて遺留分権利者が取得すべき遺産の価額
三 被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第八百九十九条の規定により遺留分権利者が承継する債務(次条第三項において「遺留分権利者承継債務」という。)の額」

誰に・どの順序で請求するか(民法第1047条)

遺留分侵害額請求は、受遺者・受贈者のいずれに対しても行えますが、その負担順序は法律で定められています(民法第1047条)。

負担の順序(1047条1項)

  1. 受遺者が先・受贈者が後:遺贈(遺言による承継)を受けた受遺者が先に負担し、生前贈与を受けた受贈者は後回しになります。
  2. 受遺者が複数の場合:各受遺者が目的物の価額の割合に応じて負担します(按分)。遺言で別段の意思表示があればそれに従います。
  3. 受贈者が複数の場合(同時の贈与):目的物の価額の割合に応じて按分。
  4. 受贈者が複数の場合(異なる時期の贈与):新しい(後の)贈与の受贈者から順次、古い贈与の受贈者へと負担します。

受遺者・受贈者が相続人の場合の上限額:負担額の上限は「目的物の価額から、その相続人自身の遺留分額を控除した額」です(民法第1047条第1項柱書)。受遺者・受贈者が相続人であれば、自分の遺留分は守られます。

期限の許与(1047条5項)

遺留分侵害額は金銭支払いが原則ですが、受遺者・受贈者が即時に金銭を用意できない場合があります。そのため、受遺者・受贈者は裁判所に支払期限の延長(「期限の許与」)を申し立てることができます(民法第1047条第5項)。これは金銭債権化に伴い受遺者・受贈者を保護するために新設された制度です。なお、期限の許与が認められても遺留分権利者の請求権自体は消滅しません。

⚖️ 条文
民法第1047条第1項柱書・各号(受遺者又は受贈者の負担額)
「受遺者又は受贈者は、次の各号の定めるところに従い、遺贈(特定財産承継遺言による財産の承継又は相続分の指定による遺産の取得を含む。以下この章において同じ。)又は贈与(遺留分を算定するための財産の価額に算入されるものに限る。以下この章において同じ。)の目的の価額(受遺者又は受贈者が相続人である場合にあっては、当該価額から第千四十二条の規定による遺留分として当該相続人が受けるべき額を控除した額)を限度として、遺留分侵害額を負担する。
一 受遺者と受贈者とがあるときは、受遺者が先に負担する。
二 受遺者が複数あるとき、又は受贈者が複数ある場合においてその贈与が同時にされたものであるときは、受遺者又は受贈者がその目的の価額の割合に応じて負担する。ただし、遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
三 受贈者が複数あるとき(前号に規定する場合を除く。)は、後の贈与に係る受贈者から順次前の贈与に係る受贈者が負担する。」
民法第1047条第5項(期限の許与)
「裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、第一項の規定により負担する債務の全部又は一部の支払につき相当の期限を許与することができる。」

請求の手順:内容証明 → 交渉 → 調停 → 審判

まず確認:時効1年・除斥期間10年(民法第1048条)

手続きに入る前に、最初に確認しなければならないのが時効です。遺留分侵害額請求権には2つの期間制限があります。

種類 起算点 期間 効果
消滅時効 相続の開始 かつ 遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時 1年 時効消滅(相手方の援用が必要)
除斥期間 相続開始の時 10年 知っているかどうかにかかわらず消滅(援用不要)

「知った時」とは、遺留分が侵害されている事実(遺贈・贈与の内容)と、侵害の相手方(受遺者・受贈者が誰か)の双方を知った時点から起算されます。

⚖️ 条文
民法第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
「遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。」

STEP 1:内容証明郵便で時効を止める

遺留分侵害額請求は、口頭・電話・メールでも権利行使として有効ですが、後日の証拠のために内容証明郵便で行うことが実務上の標準です。内容証明郵便を送付すると、民法第150条(催告)により6か月間の時効完成猶予(旧法の「時効中断」に相当)が生じます。この6か月以内に調停申立て等の法的手続きを行うことで、時効の更新(リセット)が生じます。

内容証明郵便には最低限、以下の内容を記載します。

  • 遺留分権利者の氏名・住所
  • 受遺者・受贈者(相手方)の氏名・住所
  • 被相続人の氏名・死亡日
  • 「遺留分侵害額請求権を行使する」旨の明確な意思表示
  • 侵害された内容(遺言の内容・贈与の概要等)
  • 請求金額(確定していない場合は「追って確定次第請求する」でも可)

STEP 2:任意交渉(示談交渉)

内容証明郵便を送付した後、相手方と直接交渉(任意交渉)を行います。侵害額の計算・支払方法・分割払いの可否・現物(不動産等)での代物弁済の可否などを協議します。当事者間での合意が成立した場合は、必ず合意書・示談書を書面化して証拠を残してください。

STEP 3:家庭裁判所への調停申立て(調停前置主義)

任意交渉で合意に至らない場合は、家庭裁判所へ遺留分侵害額請求調停を申し立てます。ここで重要なのが「調停前置主義」です。

家事事件手続法第244条は「家庭に関する事件」について調停を申し立てることができると規定し、同法第257条は遺留分侵害額請求訴訟を提起する前に調停を経なければならないと定めています(調停前置主義)。つまり、任意交渉が決裂したからといっていきなり訴訟を提起することはできず、まず調停を経る必要があります。

調停前置主義:遺留分侵害額に関する訴訟は、まず家庭裁判所の調停を申し立てなければなりません(家事事件手続法第244条・第257条)。調停申立ては被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に行います。

調停では、家庭裁判所の調停委員が両当事者の主張を聞き、合意形成を促します。合意が成立すれば調停調書が作成され、確定判決と同一の効力を持ちます。

STEP 4:審判・訴訟への移行

調停が不成立(調停が成立しなかった場合)になった場合は、審判または訴訟へ移行します。

  • 審判:調停不成立後、遺産分割に関連して家庭裁判所が審判を行うことがあります。
  • 訴訟:遺留分侵害額請求の金銭支払いは通常の民事訴訟(地方裁判所または簡易裁判所)に移行します。調停不成立の通知を受けた後、2週間以内に訴訟提起の申立てをすれば調停申立ての時点に遡って時効更新の効力が生じます(民法第147条第1項)。
1
内容証明郵便の送付

請求の意思表示+時効完成猶予(6か月間)。証拠保全のため郵便局窓口から送付する。

2
任意交渉

金額・支払方法・代物弁済等を協議。合意の場合は合意書を書面化する。

3
家庭裁判所への調停申立て(調停前置)

任意交渉不調の場合、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所へ申立て。調停委員が調整を行う。

4
審判・訴訟

調停不成立の場合、地方裁判所等への訴訟提起。調停申立てから2週間以内に提訴で時効更新の効力が遡及する。

遺留分侵害額請求の弁護士費用

弁護士費用は事務所・案件の複雑さ・請求額によって異なりますが、参考として旧日弁連報酬基準に基づく一般的な相場を説明します。現在は弁護士費用の自由化が認められており、各事務所が独自に設定しますが、旧基準はいまも目安として広く用いられています。

着手金の目安(依頼時に支払う費用)

請求金額(経済的利益の額) 着手金の目安
300万円以下 8%(最低10万円)
300万円超〜3000万円以下 5%+9万円
3000万円超〜3億円以下 3%+69万円
3億円超 2%+369万円

報酬金の目安(成功した場合に支払う費用)

報酬金は、着手金のおおむね2倍(実際に回収した経済的利益に対して)が目安です。具体的には次のとおりです。

回収した経済的利益 報酬金の目安
300万円以下 16%(最低20万円)
300万円超〜3000万円以下 10%+18万円
3000万円超〜3億円以下 6%+138万円
3億円超 4%+738万円
⚠️ 弁護士費用を相手方に請求することはできません

日本の民事訴訟では、弁護士費用は原則として自分で負担しなければなりません(不法行為による損害賠償の一部として認められる例外はあるものの、遺留分侵害額請求では通常は認められません)。「弁護士費用分も遺留分侵害額として請求できる」という誤解が見受けられますが、正しくありません。費用対効果を事前に弁護士と十分に検討することが重要です。

弁護士に依頼するメリット

  • 侵害額の正確な計算:算定基礎財産・各自の遺留分額・按分計算等は複雑で、計算を誤ると請求額が過大・過小になるリスクがあります。
  • 証拠収集のサポート:被相続人の財産・生前贈与の実態調査(金融機関への照会等)、遺言の有効性確認など。
  • 交渉力の強化:弁護士が代理人として交渉することで、相手方が応じやすくなる場合があります。
  • 時効管理:内容証明の送付タイミング・調停申立て・訴訟提起のスケジュールを管理し、時効消滅のリスクを防ぎます。
弁護士コメント/加山綾一

時効1年は思った以上に短いです。遺言書の開封から遺品整理・相続手続きに追われているうちに、気づいたら半年・1年が経過していることは珍しくありません。「遺留分の侵害があると気づいた時点でまず内容証明郵便を送る」——これだけで時効完成猶予が6か月生じます。内容証明を送ることは交渉を開始する意味ではなく、あくまで権利保全の手段です。送った後で改めて弁護士と詳細を相談すればよいのです。

もう一つ強調したいのが「調停前置主義」の存在です。遺留分侵害額請求で相手方が支払いを拒んだからといって、いきなり訴訟を起こすことはできません。必ず家庭裁判所の調停を経る必要があります。この手続きの順序を知らないと、訴状を提出しても裁判所から調停に付されてしまいます。気づいた時点ですぐ動くことが最重要です。

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参考条文・文献

  • 堂薗幹一郎・脇村真治・神吉康二・宇野直紀『逐条解説 改正相続法』(商事法務、2024年)p.19・p.24
  • 民法第1046条(遺留分侵害額の請求)
  • 民法第1047条(受遺者又は受贈者の負担額)
  • 民法第1048条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
  • 家事事件手続法第244条(調停の申立て)
  • 家事事件手続法第257条(訴訟との関係——調停前置)
加山綾一 弁護士(東京弁護士会)
加山綾一(弁護士)
東京弁護士会所属(登録番号39453)。複数社の顧問、社外役員等を務める傍ら、弁護士主導の相続サポートプラットフォームを運営。相続紛争・遺産分割の実務に携わる。
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