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生命保険金は相続財産ではない——でも「持ち戻し」になることがある?

生命保険金は相続財産ではない——でも「持ち戻し」になることがある?

「父が亡くなったとき、長男だけが生命保険金2,000万円を受け取りました。遺産は不動産だけです。不公平ではないでしょうか?」こうした相談は多くあります。生命保険金は「相続財産ではない」ですが、一定の条件を満たす場合は遺産分割の計算に影響することがあります。

1. なぜ生命保険金は「相続財産」でないのか

死亡保険金請求権は、保険金受取人が自己固有の権利として取得するものです。被相続人の財産を「相続する」のではなく、保険契約に基づき受取人として直接取得するものであるため、相続財産を構成しません(最一小判平成14・11・5民集56巻8号2069頁)。

被相続人が保険料を支払っていたとしても同様です。保険金は「被相続人の稼働能力の対価」でも「支払保険料と等価のもの」でもなく、死亡リスクに対して保険会社が支払う独自の給付です。

このため、遺産分割の対象にはならず、他の相続人は「生命保険金を遺産に含めろ」と主張することはできません。

2. 最高裁が認めた「例外」——特段の事情がある場合

では、高額の生命保険金を受け取った相続人が得をし続けてよいのでしょうか。

最高裁判所は、平成16年10月29日の決定(民集58巻7号1979頁)で、次のように判示しました。

養老保険契約に基づく死亡保険金請求権またはこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈または贈与に係る財産に当たらない(原則)。ただし、保険料の拠出状況等の諸般の事情を考慮して、受取人である相続人と他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することのできないほど著しいものと評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となる。

つまり、原則として特別受益ではないが、例外として「特段の事情」がある場合は持ち戻しの対象になる、という構造です。

3. 「特段の事情」の判断要素——裁判所は何を見るか

最高裁が示した「特段の事情」の判断要素は次のとおりです。

判断要素 ポイント
保険金の額 単純な金額の大きさ
遺産総額に対する比率 最高裁が第一に掲げた要素(最重要)
同居の有無 受取人が被相続人と同居していたか
介護等への貢献の度合い 受取人が介護を担っていたか
各相続人の生活実態 受取人に生活上の必要性があるか
各相続人と被相続人との関係 関係性の親密度・被相続人の意図

元高等裁判所判事の渡邊知行氏は、その論考(「特別受益を考える」判例タイムズ1234号61頁)において、最高裁が「保険金の額・遺産総額に対する比率」を第一に掲げた意義を重視します。渡邊氏によれば、保険金の額が被相続人の生前の生活水準に照らして過大でない限り、原則として持ち戻しの対象とはならないと解すべきということです。

ただし、保険金が数百万円程度であっても、遺産総額が極端に少なく保険金との均衡を著しく失する場合は、他の要素と合わせて検討し、持ち戻しを認める余地があるとも指摘されています。

4. 裁判例——実際に持ち戻しが認められた事例・否定された事例

最高裁決定後の高裁裁判例では、保険金の遺産総額に対する比率が特に重視されています。

東京高裁平成17年10月27日決定(家月58巻5号94頁)——持ち戻し肯定

死亡保険金1億570万円、遺産総額1億34万円(保険金が遺産総額の約105%相当)という極端なケース。受取人(後妻)と被相続人の婚姻期間が比較的短く、先妻との子らが遺産をほとんど取得できない状況が問題とされ、持ち戻しが肯定されました。

名古屋高裁平成18年3月27日決定(家月58巻10号66頁)——持ち戻し肯定

保険金が遺産総額の約61%を占める事案。遺産総額に占める保険金の比率が高いことが決め手となりました。本件では申立人(妻・後妻)が多額の特別受益を受けていることも考慮され、持ち戻しが肯定されました。

大阪家裁堺支部平成18年3月22日審判(家月58巻10号84頁)——持ち戻し否定

保険金が遺産の約6%にとどまり、かつ受取人(子)が長年親の介護を担っていた事案。保険金の比率が小さく、しかも受取人が介護を担っていた場合は特段の事情がないとして持ち戻しが否定されました。

5. 遺留分との関係

生命保険金が「特別受益に準じるもの」となる場合でも、遺留分侵害額請求の対象となるかは別問題です。

生命保険金自体は相続財産ではないため、直接遺留分減殺の対象とすることは法的に困難です。しかし渡邊氏は「遺留分額の算定の基礎に受領した保険金額を加える余地は相当である」と指摘しています。とりわけ、被相続人が事業承継の意図を持ってある相続人に多額の保険金を受け取らせた場合には、保険金を遺留分の基礎財産に組み込むことで公平を図る考え方は実務上重要な視点です。

6. まとめ——「保険金は相続財産でないが、遺産分割に影響しうる」

局面 ルール
相続財産か いいえ(受取人の固有の権利)
遺産分割の対象か 原則としていいえ
特別受益(持ち戻し)の対象か 原則いいえ、特段の事情があれば例外的に類推適用
特段の事情の最重要要素 遺産総額に対する保険金の比率
遺留分減殺の直接対象か 困難。ただし算定基礎への組み込みは議論の余地あり

生命保険金をめぐる相続紛争では、「保険金は関係ない」と早合点するのは危険です。保険金の額・遺産との比率・同居の有無・介護の状況など、様々な事情を総合的に判断する必要があります。個別ケースについては弁護士にご相談ください。

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弁護士
監修
加山 綾一(弁護士・東京弁護士会 登録番号39453) 明治大学法科大学院修了。2010年弁護士登録(東京弁護士会)。法律事務所LAB-01所属。企業顧問先多数、社外取締役・監査役等を兼務。「紛争になる前に弁護士が関与する」を掲げ、相続サポートに注力。