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特別受益とは—生前贈与を受けた相続人の取り分が減る仕組み

特別受益とは—生前贈与を受けた相続人の取り分が減る仕組み

長男は生前に家を建てるお金をもらっています。それなのに遺産も平等に分けるんですか——こうした不満に対応するのが「特別受益」の制度(民法903条)です。生前にもらった分だけ相続の取り分が減る——この仕組みを計算例・裁判例を交えて解説します。

1. 特別受益に該当するもの・しないもの

民法903条が定める特別受益の類型は次の3つです。

  1. 遺贈(遺言による財産の贈与)
  2. 婚姻・養子縁組のための贈与(結婚資金・結納金・支度金など)
  3. 生計の資本としての贈与(住宅取得資金・事業開業資金など)

よくある疑問をまとめると次のとおりです。

項目 特別受益の有無 備考
住宅取得資金の贈与 原則あり 独立に際して渡した場合は「生計の資本」として該当
結婚費用・結納金 被相続人の資力・社会的地位次第 通常の扶養の範囲ならなし
大学の学費 被相続人の資力・全員の状況次第 全員が同程度なら黙示の免除で処理されることが多い
生命保険金 原則なし(受取人固有の権利) 遺産に対する比率が極端に高い場合は例外的に類推適用
死亡退職金・遺族給付 なし(遺族の固有の権利) 最一小判昭和55・11・27
無償の相続分譲渡 あり(財産的価値がある限り) 最二小判平成30・10・19

結婚費用や学費は、被相続人の資産状況・家庭の実情に照らして通常の扶養義務の範囲内と言える場合は特別受益に該当しません。また、すべての子が同程度の贈与を受けていれば、黙示の持戻免除(後述)として処理されることが多いです。

実務上の「生計の資本」認定——判断のポイント

  • 住宅取得資金・事業開業資金は典型的な「生計の資本」として認定される(片岡武・管野眞一『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版、2021年)p.273)
  • 医療費・教育費は原則として扶養義務の履行であり、特別受益に該当しない
  • 全相続人が同程度の贈与を受けていた場合は、黙示の持戻免除として処理されることが多い(被相続人が平等に援助した意思が推認されるため)
  • 被相続人の資力・社会的地位と贈与額の比率、贈与の趣旨・時期・相手方の状況を総合考慮して判断される

2. 特別受益の計算方法

特別受益がある場合、次の計算式で具体的相続分を算定します。

みなし相続財産 = 相続開始時の遺産 + 各人の特別受益の合計

各人の具体的相続分 =(みなし相続財産 × 法定相続分)- その人の特別受益額

計算例

遺産3,000万円、相続人:子A・B・C(各法定相続分1/3)、Aが生前に住宅取得資金1,000万円の贈与を受けている場合

みなし相続財産:3,000 + 1,000 = 4,000万円

Aの具体的相続分:4,000 × 1/3 − 1,000 = 333万円
Bの具体的相続分:4,000 × 1/3 = 1,333万円
Cの具体的相続分:4,000 × 1/3 = 1,333万円

A・B・Cの取り分に大きな差が生まれます。

特別受益が法定相続分を上回る場合(超過特別受益)

Aが2,000万円の生前贈与を受けていた場合、計算上Aの取り分はマイナスになりますが、超過分を他の相続人に返す必要はありません(民法903条2項)。Aは遺産を取得できないだけで、超過分の返還義務は生じません。

3. 特別受益の評価基準時

特別受益の評価は、贈与を受けた時点の価額ではなく、相続開始時の価額で行います(最一小判昭和51・3・18民集30巻2号111頁)。

財産の種類 評価方法
金銭 消費者物価指数等を用いて相続開始時の価値に換算
不動産 相続開始時の時価で評価
受贈後に滅失・毀損(本人の行為による) 贈与当時の原状で評価(受取人が不利益を負わない)
受贈後に滅失・毀損(不可抗力による) 相続開始時の現況で評価

不動産の場合、取得から相続開始までに価値が大きく変動していることも多く、評価方法によって具体的相続分が大きく変わることがあります。

4. 持戻免除——この贈与は差し引きしなくていいという意思表示

被相続人は、贈与の際にこの贈与分は持ち戻さなくていいという意思表示(持戻免除)をすることができます(民法903条3項)。持戻免除は明示だけでなく、黙示の意思表示でも認められます。

黙示の持戻免除が認められた裁判例の例

  • 「農業を継ぐ子に農地を継がせる」という意思がある場合(福岡高決昭和45・7・31)
  • 「長男が親所有地に建物を建てて同居し面倒を見る」という前提の下での贈与(東京家審昭和49・3・25)
  • 重度の病気で独立困難な子への生活支援目的の贈与(東京高決昭和51・4・16)

実務上の認定例として、家業承継のための農地贈与や、同居のための居宅建設に伴う土地使用権限付与なども挙げられます(片岡武・管野眞一『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版、2021年)p.305参照)。黙示の意思表示の認定には、贈与の趣旨・背景・家族関係の全体を踏まえた慎重な判断が求められます。

ただし、持戻免除は遺留分に関する規定に反しない範囲内でのみ効力があります。持戻免除があっても他の相続人の遺留分を侵害することはできません

5. 配偶者への居住用不動産贈与——持戻免除の推定制度(平成30年改正)

民法903条4項は、平成30年(2018年)の改正で新設されました(令和元年7月1日施行)。

婚姻期間20年以上の夫婦の一方が、他方に居住用建物またはその敷地を遺贈または贈与した場合、持戻免除の意思表示をしたものと推定されます。つまり、明示的に持ち戻すなと言わなくても、自動的に持戻免除が認められるのが原則となります。

要件 内容
婚姻期間 20年以上(法律婚のみ。内縁は不可)
対象財産 居住用建物またはその敷地(店舗兼住宅は居住部分のみ)
行為の種類 贈与または遺贈(「相続させる」旨の遺言は対象外)
適用時期 令和元年7月1日以後に開始した相続に適用

改正前は、長年連れ添った配偶者が自宅の贈与を受けても、それが特別受益として持ち戻され、子との遺産分割で不利になることがありました。改正後は、婚姻20年以上であれば自宅の贈与は持ち戻しの対象外となり、配偶者の老後の生活保護が強化されました。

ただし、民法903条4項の効果はあくまで「推定」です。被相続人が明示的に「特別受益として持ち戻す」という意思表示をした場合には、推定が覆ります(逐条解説 改正相続法・堂薗幹一郎ほか編著(商事法務、2024年)p.59)。また、持戻免除の推定があっても、他の相続人の遺留分は保護されます(民法1044条3項)。

6. 令和3年改正——10年を過ぎると特別受益を主張できなくなる

令和3年(2021年)の民法改正により、民法904条の3が新設されました(令和5年4月1日施行)。相続開始から10年を経過した後に遺産分割をする場合、原則として特別受益・寄与分を主張できなくなります(ただし当事者全員の合意がある場合は別)。

これは、遺産分割の長期化を防ぐための改正です。古い贈与を蒸し返して手続きを複雑化することへの歯止めとなる一方、遺産分割の手続きを長く放置すると特別受益の主張ができなくなるリスクがあります。早期に手続きを進めることが重要です。

まとめ

ポイント 内容
特別受益の基本ルール 生前贈与を受けた分だけ相続取り分が減る
評価基準時 相続開始時の価値で評価
持戻免除 被相続人の意思で特別受益の持ち戻しを免除できる(黙示でも可)
配偶者特例(平成30年改正) 婚姻20年以上 + 居住用不動産の贈与・遺贈 → 持戻免除が推定される
10年ルール(令和3年改正) 相続開始から10年経過後は原則として主張不可

特別受益は、計算式の面でも証拠の面でも専門的な判断が必要です。不公平な分配になっている、生前贈与があったが持ち戻せるかといった疑問がある場合は、弁護士にご相談ください。

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引用条文・参考文献

  • 永石一郎・鷹取信哉・下田久・夏苅一『〔改訂版〕ケース別 遺産分割協議書作成マニュアル』(日本加除出版、2020年)p.251
  • 片岡武・管野眞一『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版、2021年)p.273・302・305
  • 堂薗幹一郎・脇村真治・神吉康二・宇野直紀『逐条解説 改正相続法』(商事法務、2024年)p.59
  • 最一小判昭和51年3月18日・民集30巻2号111頁(特別受益の評価基準時)
  • 民法第903条(特別受益者の相続分)
  • 民法第904条の3(遺産分割における相続分の算定)
  • 民法第1044条第3項(遺留分と持戻免除)
加山綾一 弁護士(東京弁護士会)
加山綾一(弁護士)
東京弁護士会所属(登録番号39453)。複数社の顧問、社外役員等を務める傍ら、弁護士主導の相続サポートプラットフォームを運営。相続紛争・遺産分割の実務に携わる。