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コラム

参考にした風景:美ヶ原高原からの眺め

相続財産の調査方法—不動産・預貯金・株式・借金の調べ方を弁護士が解説—

親が亡くなったあと、まず直面するのが「財産がどこに、どれだけあるのか分からない」という壁です。自宅は分かっても、取引していた銀行や証券会社、加入していた生命保険、そして——一番怖い——借金の有無まで、生前に詳しく聞いていたご家族はほとんどいません。
けれども、相続の手続きは財産の全体像を把握するところからしか始められません。遺産分割も、相続放棄の判断も、相続税の申告も、すべて「何があるか」が分かって初めて動けるのです。しかも相続放棄は3か月、相続税の申告は10か月という期限が刻々と進みます。本記事では、不動産・預貯金・有価証券・生命保険、そしてマイナスの財産である借金まで、財産と負債の調べ方を、使える照会制度とあわせて弁護士が実務目線で整理します。
📋 この記事のポイント
  • 財産調査は、遺産分割・相続放棄・相続税申告すべての前提。相続放棄は3か月、申告は10か月の期限があり、早めの着手が肝心です。
  • 不動産は「固定資産税の納税通知書・名寄帳」+2026年2月開始の所有不動産記録証明制度で、全国の名義不動産を洗い出せます。
  • 預貯金は通帳・キャッシュカードを手がかりに、金融機関へ残高証明書・取引履歴を請求。同一銀行内は全店照会でまとめて確認できます。
  • 株式・投資信託は取引先が不明でも、証券保管振替機構(ほふり)の登録済加入者情報の開示請求で口座の開設先を確認できます。
  • 生命保険は、契約先が分からなくても生命保険協会の生命保険契約照会制度で契約の有無を一括照会できます。
  • ⚠️ 借金(負債)は信用情報機関3社(KSC・JICC・CIC)の開示請求で確認。連帯保証も見落とさないこと。負債の把握は相続放棄の判断に直結します。

1. なぜ財産調査が「最初の関門」なのか

相続の手続きは、たくさんの作業が枝分かれしていくように見えますが、根っこはひとつです。被相続人(亡くなった方)が、どんな財産と負債を、どれだけ残したのか——ここが確定しないと、その先のどの手続きも正確には進みません。

具体的には、次の3つの重要な判断が、いずれも財産調査の結果に乗っています。

その先の手続き 財産調査がなぜ前提になるか
遺産分割協議 分ける対象(遺産の範囲と評価)が確定しないと、誰が何を取得するかを話し合えない。後から財産が出てくると協議のやり直しになる
相続放棄・限定承認 プラスの財産とマイナスの財産(借金)を比べて、相続するか放棄するかを決める。負債の把握が不十分だと判断を誤る
相続税の申告 財産の総額が基礎控除を超えるかどうかで申告の要否が決まる。申告する場合も、財産の把握漏れは過少申告につながる

そして厄介なのが、これらには期限があることです。相続放棄や限定承認は、原則として自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に家庭裁判所へ申述しなければなりません(民法第915条第1項)。相続税の申告・納付は、相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内が原則です(相続税法第27条第1項)。

条文:民法 第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)
1 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。

民法は、承認・放棄の判断のために相続財産を調査できることを正面から認めています(同条第2項)。裏を返せば、3か月という時間は「調べるための時間」でもあるということです。とりわけ借金の有無がはっきりしないうちは、この3か月をどう使うかが極めて重要になります。財産調査は、単なる事務作業ではなく、期限との勝負でもあるのです。

遺言の有効性が争われる事件を扱う実務書でも、相続財産の把握として、不動産・預貯金・有価証券といった主要な財産ごとの調査方法が整理されています(中根秀樹『遺言無効紛争事件実務マニュアル』(2023年)p.91)。以下では、その主な財産の種類ごとに、調べ方と使える照会制度を順に見ていきます。

📌 まず全体の流れを知りたい方は、「相続が発生したら最初にやること10選」もあわせてご覧ください。本記事は、その中の「財産調査」を掘り下げた記事です。

2. 不動産の調べ方

不動産は、相続財産の中でも金額が大きく、かつ見落としが起きやすい資産です。自宅は誰でも把握していますが、遠方の土地・共有持分・私道などは家族も知らないことがあります。次の手順で、心当たりのある不動産から全国の名義不動産へと、段階的に網を広げていきます。

ステップ1:固定資産税の納税通知書・名寄帳を確認する

最初の手がかりは、毎年春に市区町村から届く固定資産税の納税通知書(課税明細書)です。ここに、その市区町村内で被相続人が所有する土地・家屋が記載されています。手元に見当たらない場合や、記載漏れ(非課税の私道など)が心配な場合は、市区町村の税務担当課で名寄帳(固定資産課税台帳)を取り寄せます。名寄帳は、その自治体内で同一名義人の不動産を一覧にしたもので、相続人であれば取得できます(地方税法第382条の2)。発行手数料は自治体により異なり、数百円程度が一般的です。実務書でも、被相続人名義の不動産を把握する出発点として、市区町村で名寄帳を取得して所有不動産を確認する方法が挙げられています(永石一郎ほか『〔改訂版〕ケース別 遺産分割協議書作成マニュアル』(2020年)p.16)。

⚠️ 名寄帳だけでは漏れることがある

名寄帳は課税のための台帳なので、非課税の公衆用道路(私道)や、免税点未満の少額の不動産は、自治体の運用によっては記載されないことがあります。また、名寄帳はあくまでその市区町村内の不動産しか分かりません。被相続人が複数の市区町村に不動産を持っていた場合は、それぞれの自治体で取り寄せる必要があります。「どこの自治体にあるか分からない」という段階では、次のステップが役立ちます。

ステップ2:登記事項証明書で権利関係を確認する

調べたい不動産が特定できたら、法務局で登記事項証明書(登記簿謄本)を取得し、名義人・持分・抵当権などの権利関係を確認します。登記事項証明書は、地番・家屋番号で不動産を特定して請求します。全国どこの法務局でも、他の管轄の不動産の証明書を取得できます。

取得した登記事項証明書に付いている共同担保目録を手がかりにすると、同じ被担保債権のために一緒に担保に入っている別の不動産(見落としがちな私道や隣接地など)を芋づる式に把握できることがあります。こうした登記情報を使った物件の洗い出しは、実務書でも遺産の範囲を確定する手法として整理されています(片岡武・管野眞一『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(2021年)p.61)。

ステップ3:所有不動産記録証明制度で全国を一括で洗い出す

2026年(令和8年)2月2日から始まった所有不動産記録証明制度を使うと、被相続人が名義人となっている不動産を全国まとめて一覧化できます(不動産登記法第119条の2)。相続人は、被相続人の一般承継人として、この証明書を請求できます。「どこにあるか分からない不動産」をあぶり出せる点で、財産調査の強力な武器になります。

ただし、これは氏名・住所を手がかりに検索する仕組みのため、登記上の住所が旧住所・旧姓のままの不動産や、所有権の登記がされていない不動産は抽出されないことがあります。そこで、名寄帳(課税ベース)と所有不動産記録証明書(登記ベース)を突き合わせることで、両方向から見落としを減らせます。制度の詳しい請求方法・手数料・限界は、専用の記事で解説しています。

📌 あわせて読みたい
全国の名義不動産を一括で調べる新制度について詳しくは、「所有不動産記録証明制度とは—被相続人名義の不動産を全国一括で調べる新制度を弁護士が解説」をご覧ください。手数料・請求できる人・網羅性の限界まで整理しています。

3. 預貯金の調べ方

預貯金の調査は、取引していた金融機関を突き止めることと、各金融機関に残高と入出金の履歴を出してもらうことの2段階に分かれます。

ステップ1:取引金融機関の手がかりを集める

まずは自宅に残された手がかりを集めます。

  • 通帳・キャッシュカード・銀行からの郵便物・カレンダーやタオルなどの粗品
  • スマートフォンやパソコンの銀行アプリ・ブックマーク・メール
  • 公共料金やクレジットカードの引き落とし口座(他の通帳から逆にたどれる)

ネット銀行はとくに紙の通帳がなく見落としやすいので、メールやアプリの確認が重要です。

ステップ2:残高証明書・取引履歴を請求する

取引金融機関の見当がついたら、その金融機関に対して、相続人の立場で残高証明書取引履歴(入出金明細)を請求します。残高証明書は、相続開始日(死亡日)時点の残高を証明するもので、遺産分割や相続税申告の基礎資料になります。取引履歴は、生前の資金移動を確認する資料で、使途不明の引き出し(使い込み)の有無を検討する際にも重要です。発行には所定の手数料がかかり、金額は金融機関によって異なります。

取引履歴の開示について、最高裁は、共同相続人の一人は、他の相続人全員の同意がなくても、単独で被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を金融機関に求めることができると判断しています(最判平成21年1月22日 民集63巻1号228頁)。この判決は、共同相続をめぐる預金口座の取引経過開示について最高裁が初めて判断を示した重要判例とされ(判例タイムズ1290号132頁 解説)、実務書でも遺産である預貯金調査の前提として紹介されています(井上繁規『〔三訂版〕遺産分割の理論と審理』(2021年)p.186)。

判例:最高裁判所第一小法廷 平成21年1月22日判決(民集63巻1号228頁・預金取引記録開示請求事件)
「金融機関は、預金契約に基づき、預金者の求めに応じて預金口座の取引経過を開示すべき義務を負う。」
「預金者の共同相続人の一人は、共同相続人全員に帰属する預金契約上の地位に基づき、被相続人名義の預金口座の取引経過の開示を求める権利を単独で行使することができる。」

ですから、他の相続人が非協力的であっても、あなた自身の立場で取引履歴を取り寄せることができます。

請求の際には、被相続人の死亡が分かる戸籍(除籍)謄本、相続人であることが分かる戸籍、請求者の本人確認書類などが必要です(必要書類は金融機関ごとに異なります)。

📌 取引履歴から不自然な引き出しが見つかった場合の考え方は、「預貯金の使い込みを立証するには—取引履歴の取り寄せと証拠の集め方」で詳しく解説しています。

ステップ3:同一銀行内は「全店照会」でまとめて確認

被相続人がどの支店に口座を持っていたか分からない場合でも、多くの金融機関では、その銀行の全店を対象に被相続人名義の口座の有無をまとめて照会できる取扱い(いわゆる全店照会・全店一括照会)を用意しています。支店名が分からなくても、その銀行と取引があったことさえ分かれば、口座を捕捉できます。取扱いの名称や手続きは金融機関によって異なるため、窓口で「相続で全店の口座を確認したい」と申し出るとよいでしょう。

4. 有価証券(株式・投資信託)の調べ方

上場株式や投資信託は、証券会社や信託銀行の口座で管理されています。取引残高報告書や証券会社からの郵便物、配当金の通知(信託銀行や株主名簿管理人からのもの)が手がかりになります。取引先が分かれば、その証券会社等に残高証明を請求します。

取引先が分からないとき:ほふりの開示請求

「株をやっていたようだが、どの証券会社か分からない」という場合に使えるのが、証券保管振替機構(通称ほふり)の登録済加入者情報の開示請求です。これは、被相続人名義の口座が開設されている証券会社・信託銀行等を有料で確認できる制度です。取引先の金融機関そのものを特定できるため、そこから各社に残高を照会していけます。

開示請求ができるのは、法定相続人、その法定代理人・任意代理人、遺言執行者に限られます。被相続人の死亡と相続関係が分かる戸籍一式、請求者の本人確認書類などを添えて、所定の様式で請求します。所定の開示手数料がかかります(金額は請求の内容や時期によって異なるため、請求前に証券保管振替機構の案内で最新の金額を確認してください)。

⚠️ ほふりで分かること・分からないこと

ほふりの開示で分かるのは、あくまで「どの証券会社・信託銀行に口座があるか」という開設先の情報です。各口座にどの銘柄が何株あるか・時価はいくらかまでは分かりません。開設先を特定したうえで、各証券会社等に残高証明を請求する、という二段構えになります。なお、非上場株式(未上場の同族会社の株式など)はほふりの対象外で、会社の株主名簿や決算書から確認します。

5. 生命保険・貸金庫・デジタル資産

生命保険:生命保険契約照会制度

生命保険金は、受取人が指定されている場合は原則として受取人固有の財産となり、遺産分割の対象にはなりませんが、相続税の対象になることがあり、また相続を考えるうえで無視できない資産です。保険証券が見当たらず、契約先の保険会社が分からない場合には、一般社団法人生命保険協会の生命保険契約照会制度が使えます。

これは、被相続人が保険契約者または被保険者となっている生命保険契約の有無を一括で照会できる制度です。照会できるのは、照会対象者(被相続人)の法定相続人・その代理人、遺言執行者・その代理人などです。死亡を理由とする照会の利用料は、WEB申請で6,000円、書面申請で7,000円(照会対象者1名につき/2026年8月時点)です。生命保険協会が加盟各社に照会し、契約の有無を回答してくれます。

貸金庫・その他

金融機関の貸金庫を借りていた場合、通帳や郵便物に貸金庫利用の記録が残っていることがあります。貸金庫の開閉には、相続人全員の関与など金融機関所定の手続きが必要になるのが一般的です。中に権利証・保険証券・現金・貴金属などが入っていることがあり、財産調査の重要なポイントになります。

デジタル資産・ネット口座

近年は、ネット銀行・ネット証券・暗号資産(仮想通貨)・電子マネーなど、紙の資料が残らない資産が増えています。パソコンやスマートフォンのアプリ・メール・ブックマークが唯一の手がかりになることも多く、生前にIDやパスワードの所在を家族と共有しておくことが、残された家族の負担を大きく減らします。

弁護士 加山綾一のコメント

財産調査でいちばん怖いのは「あとから出てくる」ことです。遺産分割協議が終わったあとに別の預金口座や不動産、あるいは借金が判明すると、協議のやり直しや、思わぬ債務の承継といった問題が生じます。時間の制約がある中で焦る気持ちは分かりますが、通帳・郵便物・スマートフォンといった手がかりを丁寧に拾い、使える照会制度を一通り当たっておくことが、結局はいちばんの近道です。判断に迷う財産や、負債が絡む場合は、期限が来る前に早めに専門家へ相談してください。

6. ⚠️ 借金(マイナスの財産)の調べ方

相続では、プラスの財産だけでなく、借金・保証債務などのマイナスの財産も承継されます。そして、負債の把握こそが相続放棄をするかどうかの判断に直結します。3か月の熟慮期間を意識しながら、次の手順で確認します。

ステップ1:郵便物・契約書・通帳から手がかりを拾う

まずは身近な資料からです。

  • 金融機関・貸金業者からの督促状・請求書・催告書
  • ローン契約書・金銭消費貸借契約書・借用書
  • 通帳の定期的な引き落とし(返済とみられるもの)
  • クレジットカードの利用明細・キャッシング残高

ステップ2:信用情報機関3社に開示請求する

手元の資料だけでは、借入れの全体像はつかめません。そこで有効なのが、信用情報機関への開示請求です。金融機関やクレジット会社は、借入れやクレジットの利用状況を信用情報機関に登録しており、相続人はこの情報の開示を受けられます。日本には主に次の3つの機関があり、それぞれ加盟している業態が異なるため、借金の全体像を漏れなく把握するには3社すべてに請求するのが基本です。相続放棄を扱う実務書でも、手元に負債の資料が見当たらない場合に、取引のあった金融機関や信用情報機関、税務署などへ照会して債務の有無を確認する方法が示されています(坂本龍治『ケース別 相続放棄の実務ポイント』(2026年)p.13)。

機関 主に登録されている借入れ 備考
KSC
(全国銀行個人信用情報センター)
銀行・信用金庫などの借入れ(住宅ローン・銀行系カードローン等) 全国銀行協会が運営
JICC
(日本信用情報機構)
消費者金融・信販会社などの借入れ 貸金業者系が中心
CIC
(シー・アイ・シー)
クレジットカード・信販・割賦販売など クレジット系が中心

いずれの機関でも、法定相続人であれば、被相続人の死亡と相続関係が分かる書類・本人確認書類を添えて開示請求できます。開示手数料は機関や請求方法(郵送・インターネット等)によって異なり、数百円から2,000円程度が目安です(最新の金額・方法は各機関の案内で確認してください)。

ステップ3:連帯保証・個人間の借金に注意する

⚠️ 信用情報に載らない「隠れ負債」がある

信用情報機関で分かるのは、金融機関・貸金業者・クレジット会社との取引が中心です。次のような負債は信用情報に現れないことが多く、見落とすと大きな痛手になります。

  • 連帯保証・保証債務——被相続人が他人の借金の保証人になっていた場合、その保証債務も相続の対象になり得ます。保証は本人が借りているわけではないため、督促が来るまで気づきにくいのが厄介です。契約書・保証書がないか、取引先や親族への確認も検討します。
  • 個人間の借金・事業上の買掛金など——親族・知人からの借入れや、事業をしていた方の取引先への未払いは、信用情報には載りません。
  • 滞納している税金・社会保険料・家賃など——公租公課の滞納も承継され得ます。

負債がプラスの財産を上回りそうなときや、全体像がつかめないまま3か月の期限が近づいているときは、早めに専門家に相談してください。期限の伸長(民法第915条第1項ただし書)や、限定承認・相続放棄といった選択肢を、時間切れになる前に検討する必要があります。

📌 借金があるかもしれない相続で、放棄を検討する場合の期限・手続きは、「相続放棄の3か月の期限—起算点・手続き・伸長申立を弁護士が解説」で詳しく解説しています。

7. 調べた財産を「財産目録」にまとめ、次の手続きへ

各方面の調査が進んだら、集めた情報を財産目録の形にまとめます。財産目録とは、プラスの財産(不動産・預貯金・有価証券・生命保険など)とマイナスの財産(借金・保証債務など)を一覧にした資料です。法律上必ず作成が義務づけられているものではありませんが、次の手続きすべての土台になります。

参考までに、遺言執行者が作成する財産目録(民法第1011条第1項)についても、記載すべき事項に法律上の細かな定めはなく、財産を特定できる程度に記載すれば足りると解されており、各財産の価額まで調査して記載する義務まではないとされています(中根秀樹『遺言執行実務マニュアル』(2020年)p.82〜83)。相続の財産調査でつくる目録も、まずは「何が・どこに・どれだけあるか」を特定することを主眼に置き、評価額は後から精緻化していけば十分です。

  • 遺産分割協議——分ける対象と評価額が一覧になっていれば、話し合いがスムーズに進み、後日の「言った・言わない」を防げます。
  • 相続放棄・限定承認——プラスとマイナスを並べて比較でき、放棄すべきかどうかの判断材料になります。
  • 相続税の申告——財産の総額が基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)を超えるかどうかを確認でき、申告の要否と税額計算の基礎になります。

あわせて意識したいのが期限の管理です。調査に時間をかけすぎて、気づけば相続放棄の3か月や申告の10か月が迫っている、という事態は避けなければなりません。相続が発生したら、次のスケジュールを頭に置いて、逆算で調査を進めてください。

期限(起算点) 手続き
3か月以内
(自己のために相続の開始があったことを知った時から)
相続放棄・限定承認の申述。判断のための財産調査もこの期間内に。間に合わなければ期間の伸長を家庭裁判所に申し立てる
10か月以内
(相続の開始を知った日の翌日から)
相続税の申告・納付。基礎控除を超える場合に必要。遺産分割が間に合わない場合も、いったん法定相続分で申告するなどの対応がある

8. 財産調査を弁護士に依頼するメリット

これまで見てきたとおり、財産調査は、手がかり集めから各種照会制度の利用まで、ご自身でも進められる部分が多くあります。もっとも、次のような場合には、早い段階で弁護士に相談・依頼するメリットが大きくなります。

  • 取引先の金融機関や不動産の所在がまったくつかめず、どこから手をつけてよいか分からない
  • 借金や連帯保証がありそうで、相続放棄すべきか3か月以内に判断しなければならない
  • 取引履歴に不自然な引き出しがあり、使い込みが疑われる
  • 相続人の間で、財産の開示や分け方をめぐって対立が生じている
  • 調査と並行して、遺産分割・相続税申告まで見通した対応をしたい

弁護士に依頼すると、相続人の代理人として金融機関や役所への照会・請求を代行できるほか、事案によっては弁護士会照会(弁護士法第23条の2に基づく照会)という制度を使って、必要な情報の照会を行える場合があります。また、財産調査は入口にすぎず、その先の遺産分割の交渉・調停、相続放棄の申述、相続税に関する税理士との連携まで、相続全体を一つの窓口で見通せるのが弁護士に依頼する最大の利点です。とくに、負債が絡む場合や相続人間に対立がある場合は、期限が来る前に相談されることをお勧めします。

よくある質問

手がかりがなくても、いくつかの制度で取引先を突き止められます。株式・投資信託は、証券保管振替機構(ほふり)の登録済加入者情報の開示請求で、口座が開設されている証券会社・信託銀行を確認できます。生命保険は、生命保険協会の生命保険契約照会制度で契約の有無を一括照会できます。預貯金は、心当たりのある銀行に対し、全店照会(その銀行の全支店を対象とした口座の有無の確認)を申し出る方法があります。まずは通帳・郵便物・スマートフォンのアプリやメールから、取引の痕跡を探すことが出発点になります。
まず、督促状・請求書・ローン契約書・通帳の引き落としなど、手元の資料を確認します。そのうえで、信用情報機関3社(KSC=全国銀行個人信用情報センター、JICC=日本信用情報機構、CIC=シー・アイ・シー)に開示請求をします。3社は登録している業態が異なるため、借金の全体像を漏れなくつかむには3社すべてに請求するのが基本です。ただし、連帯保証や個人間の借金、税金の滞納などは信用情報に載らないことが多いので、契約書の有無や取引先への確認も必要です。負債は相続放棄をするかどうかの判断に直結するため、3か月の期限を意識して早めに動いてください。
財産調査そのものに独立した期限があるわけではありませんが、その先の手続きに期限があります。相続放棄・限定承認は原則として相続の開始を知った時から3か月以内、相続税の申告・納付は相続の開始を知った日の翌日から10か月以内が原則です。とくに借金の有無がはっきりしない場合は、3か月の熟慮期間内に調査を進める必要があります。間に合わないときは、家庭裁判所に期間の伸長を申し立てる方法があります(民法第915条第1項ただし書)。
後から財産が見つかった場合、その財産について改めて遺産分割協議が必要になるのが原則で、事情によっては協議全体をやり直すことにもなりかねません。後から借金が判明した場合はさらに深刻で、すでに単純承認したとみなされる状況だと、相続放棄が難しくなることがあります。こうした事態を避けるためにも、遺産分割や承認・放棄の判断をする前に、使える照会制度を一通り当たって、財産と負債を漏れなく把握しておくことが重要です。
納税通知書や名寄帳の取得、金融機関への残高証明の請求、各種照会制度の利用など、ご自身でも進められる部分は多くあります。一方で、取引先がまったくつかめない、借金や連帯保証があって相続放棄を3か月以内に判断しなければならない、使い込みが疑われる、相続人間で対立しているといった場合は、弁護士に相談・依頼するメリットが大きくなります。弁護士は、相続人の代理人として調査を代行できるほか、財産調査から遺産分割・相続放棄・相続税申告まで、相続全体を見通してサポートできます。
加山綾一 弁護士(東京弁護士会)
加山綾一(弁護士)
東京弁護士会所属(登録番号39453)。複数社の顧問、社外役員等を務める傍ら、弁護士主導の相続サポートプラットフォームを運営。相続紛争・遺産分割の実務に携わる。相続診断士。

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取引先が分からない・借金があるか不安・3か月の期限が迫っている——
どのような状況でも、まずはご相談ください。
※本記事は一般的な解説であり、個別の事案の結論を示すものではありません。具体的な対応は専門家にご相談ください。

参考文献・参考条文・参考URL

  • 永石一郎ほか『〔改訂版〕ケース別 遺産分割協議書作成マニュアル』(新日本法規出版、2020年)
  • 中根秀樹『遺言執行実務マニュアル』(新日本法規出版、2020年)
  • 片岡武・管野眞一『第4版 家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務』(日本加除出版、2021年)
  • 井上繁規『〔三訂版〕遺産分割の理論と審理』(新日本法規出版、2021年)
  • 中根秀樹『遺言無効紛争事件実務マニュアル』(新日本法規出版、2023年)
  • 坂本龍治『ケース別 相続放棄の実務ポイント』(新日本法規出版、2026年)
  • 最高裁判所第一小法廷 平成21年1月22日判決(民集63巻1号228頁、判例タイムズ1290号132頁)=預金取引記録開示請求事件
  • 民法第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)
  • 不動産登記法第119条の2(所有不動産記録証明書の交付等)
  • 地方税法第382条の2(固定資産課税台帳の閲覧=名寄帳の根拠)
  • 相続税法第27条(相続税の申告期限)
  • 弁護士法第23条の2(弁護士会照会)
  • 法務省「所有不動産記録証明制度について」https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00740.html
  • 証券保管振替機構「登録済加入者情報の開示請求」https://www.jasdec.com/procedure/shareholders/disclosure/
  • 一般社団法人生命保険協会「生命保険契約照会制度のご案内」https://www.seiho.or.jp/contact/inquiry/
  • 全国銀行協会(全国銀行個人信用情報センター・KSC)https://www.zenginkyo.or.jp/pcic/
  • 株式会社日本信用情報機構(JICC)https://www.jicc.co.jp/
  • 株式会社シー・アイ・シー(CIC)https://www.cic.co.jp/
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