相続放棄の3ヶ月の期限
—起算点・手続き・伸長申立を弁護士が解説
- 相続放棄の期限は「自己のために相続の開始があったことを知った日」から3ヶ月以内(民法915条)
- 起算点は相続開始の原因(死亡)を知っただけでなく、自分が相続人であることも知った時から(最判昭和59年4月27日)
- 熟慮期間内に間に合わない場合は、家庭裁判所に伸長申立ができる(民法915条1項ただし書)
- 申述は家庭裁判所への申述書提出で完了し、弁護士なしでも手続き可能
- 放棄後は「初めから相続人でなかった」ものとみなされ、借金も含め一切引き継がない(民法939条)
相続放棄とは——遺産も借金も一切引き継がない選択
相続放棄とは、相続人が相続の開始後に、その相続によって生じる一切の権利・義務の承継を拒絶する意思表示です。相続財産にはプラスの財産(預貯金・不動産)だけでなく、借金・保証債務などのマイナスの財産も含まれます。相続放棄をすると、これらすべてを初めから引き継がなかったことになります。
相続放棄が特に問題になるのは、被相続人(亡くなった方)に借金があった場合、または財産の状況が不明な場合です。2022年の司法統計年報によると、全国の家庭裁判所が受理した相続放棄の申述件数は約19万件にのぼり、身近な手続きであることがわかります。
相続放棄は、相続開始前に行うことはできません。「将来の相続は放棄する」という生前合意は法的効力を持たず、必ず相続開始後(被相続人の死亡後)に手続きを行う必要があります。
3ヶ月の熟慮期間——いつから・いつまでに手続きが必要か(民法915条)
相続放棄をするためには、相続の開始を知ってから一定期間内に家庭裁判所に申述しなければなりません。この期間を熟慮期間といいます。
熟慮期間は「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3ヶ月です。単純に被相続人が亡くなった日から3ヶ月というわけではありません。起算点の意味については、次のセクションで詳しく説明します。
なお、熟慮期間内に何もしなかった場合は、単純承認(プラス・マイナスすべてを引き継ぐ)をしたものとみなされます(民法921条2号)。借金があるにもかかわらず気づかずに放置してしまうと、後から知らなかったと言っても認められない場合があるため、注意が必要です。
起算点の注意点——知った時の意味と実務的な解釈(最判昭和59年4月27日)
熟慮期間の起算点である「自己のために相続の開始があったことを知った時」の意味については、最高裁判所が具体的な解釈を示しています。
起算点の原則:相続開始の原因と相続人であることの両方を知った時
最高裁判所は昭和59年4月27日の判決(民集38巻6号698頁)において、起算点は次の両方を知った時であると判示しました。
争点
「自己のために相続の開始があったことを知った時」(民法915条1項)の意義
判断の概要
最高裁は、起算点は①相続開始の原因(被相続人の死亡)を知ったこと、および②自己が相続人となったことを知った時の両方が揃った時点であると解しました。したがって、被相続人の死亡を知っても、自分が相続人であることを知らなかった場合には、熟慮期間はまだ起算されません。
相続財産がないと信じた場合の特則
同判決は、相続財産が全くないと信じたことに相当の理由があるときは、相続財産の全部又は一部の存在を認識した時または通常認識しうべき時から起算する、という例外的な取扱いも認めました。これは、財産状況が不明な場合に硬直的な期間制限が課されることの不公平を是正するものです。
起算点の判断が問題になる典型的なケース
実務上、起算点の判断が問題になりやすいのは以下のような場面です。
- 先順位の相続人が全員放棄した場合:子が全員放棄すると親(第2順位)が相続人となります。この場合、親が「子の放棄があったことを知った時」から熟慮期間が起算されます。死亡日から3ヶ月という単純計算は誤りです。
- 疎遠だった被相続人の相続人になった場合:長年連絡のなかった親族が亡くなり、相続人であることを後日知らされた場合は、知らされた時点が起算点になります。
- 相続財産の状況が全くわからない場合:財産が全くないと信じたことに相当の理由があれば、財産の存在を知った時が起算点となりえます(前掲最判昭和59年4月27日)。
起算点を遅らせるためには、相続人であることを知らなかった、財産がないと信じたことに相当の理由があったことを主張・立証する必要があります。単に手続きを忘れていた、何もしなかったというだけでは3ヶ月の経過後に放棄は認められません。期限に余裕があるうちに、早めに動くことが重要です。
相続放棄の申述手続き——家庭裁判所への申述方法(民法938条)
相続放棄は、家庭裁判所に申述という方法で行います。口頭でできるとされていますが、実務上はほぼ書面(申述書)で行います。
申述先は、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。たとえば被相続人が東京都新宿区に住んでいた場合は、東京家庭裁判所に申述します。
申述の流れ
裁判所のウェブサイトから書式(相続放棄申述書)を入手し、必要事項を記入します。
戸籍謄本一式・被相続人の住民票除票または戸籍附票等を収集します(詳細は次のセクション)。
申述書と書類一式を、被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所に提出します。郵送での提出も可能です。
裁判所から本人確認のための照会書が届くことがあります。内容を確認して返送します。
申述が受理されると相続放棄申述受理通知書が届きます。これが放棄の完了を証明する書面です。
申述を受理した家庭裁判所は、申述の形式的要件を審査します。受理後、申述者は相続放棄申述受理証明書の交付を申請することができ、これが債権者等への証明書類として使われます。
申述に必要な書類と費用の目安
相続放棄の申述に必要な書類は、申述者と被相続人の関係によって異なります。以下は主な書類の目安です。
共通して必要な書類
- 相続放棄申述書(裁判所所定の書式)
- 被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍)謄本
- 被相続人の住民票除票または戸籍附票
- 申述人(放棄する相続人)の戸籍謄本
申述人の立場によって追加が必要な書類
- 被相続人の子(第1順位)の場合:上記共通書類のみ(戸籍謄本で親子関係が確認できれば足ります)
- 被相続人の父母・祖父母(第2順位)の場合:被相続人の子全員が放棄したことを示す書類(子の相続放棄申述受理通知書等)
- 被相続人の兄弟姉妹(第3順位)の場合:第1・第2順位の相続人全員が放棄したことを示す書類
費用の目安
- 申述の手数料:収入印紙800円(申述人1人につき)
- 連絡用の郵便切手:数百円〜1,000円程度(裁判所により異なります)
- 戸籍謄本等の取得費用:1通数百円程度(自治体窓口で取得)
申述書の書式や必要書類の詳細は、裁判所ウェブサイト(https://www.courts.go.jp/)の手続き案内で確認できます。弁護士なしで申述することも可能ですが、戸籍の収集や書類の準備が煩雑な場合は弁護士に依頼することもできます。
熟慮期間の伸長——期間内に間に合わないときの手続き(民法915条1項ただし書)
財産状況の調査が間に合わない場合など、3ヶ月以内に判断できないときは、家庭裁判所に熟慮期間の伸長を申し立てることができます(民法915条1項ただし書)。
伸長申立の方法
伸長の申立先は、相続放棄の申述と同じく被相続人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。申立書には、伸長が必要な理由(財産調査中・相続人が多数で調整が必要等)を具体的に記載します。
伸長申立は熟慮期間(3ヶ月)の経過前に行う必要があります。期間が経過してしまった後では伸長申立はできません。期限の2〜4週間前には申立を行うことが目安です。
家庭裁判所が申立を認めた場合、熟慮期間は相当な期間延長されます。延長期間は事案により異なりますが、3ヶ月程度の延長が認められるケースが多いとされています。
相続放棄の効力——放棄後はどうなるか(民法939条)
相続放棄が受理されると、放棄した相続人はどのような立場になるのでしょうか。
放棄後に生じる主な効果
- 借金の引継ぎが完全に消える:放棄した相続人は、被相続人の借金・保証債務・未払い税金などについて一切責任を負いません。
- プラスの財産も引き継げない:放棄はすべての相続効果を遮断します。預貯金・不動産なども対象外になります。
- 代襲相続は生じない:相続を放棄した場合、放棄した者の子が代わりに相続人になる(代襲相続)ことはありません。
順位の連鎖に注意が必要です
第1順位の相続人(子)が全員放棄すると、第2順位(父母・祖父母)が相続人になります。さらに第2順位が全員放棄すると、第3順位(兄弟姉妹)に移ります。第3順位も全員放棄すると、相続人不存在となり、相続財産は法人化されて清算手続きに入ります。
自分が放棄することで次の順位の親族が相続人になる場合は、事前に知らせておくことが親族間のトラブルを防ぐ観点から重要です。
生命保険金・未支給年金は別扱いです
相続放棄をしても、受取人が指定されている生命保険金や死亡退職金は、受取人固有の権利として受け取ることができます。また、未支給年金も遺族固有の権利であり、相続放棄後も受給可能です。
再転相続のケース——熟慮期間の起算点(民法916条・最判令和元年8月9日)
被相続人(甲)が亡くなった後、相続人(乙)が承認も放棄もしないまま死亡し、その相続人(丙)が甲の相続についてどうするかを選択する場面を再転相続といいます。たとえば祖父が死亡し、その後すぐに父が亡くなった結果、孫である自分が祖父の相続についても判断しなければならないケースです。
再転相続における熟慮期間の起算点については、最高裁が令和元年8月9日に重要な判決を示しています。
事案の概要
Aが死亡し、Aの子らが相続放棄したことで、Aの弟Bが相続人となりました。しかしBはその事実を知らないまま死亡し、Bの子Xが、Bを通じてAの相続人としての地位を承継することになりました。Xは平成27年11月、Aの債権者からの通知でこの事実を知り、その3ヶ月以内に相続放棄の申述をしました。
争点
再転相続人Xにとって、Aの相続についての熟慮期間(民法916条)はいつから起算されるか。
判断の概要
最高裁は、民法916条にいう「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、再転相続人が、承認・放棄をしないで死亡した者から相続を受けた結果、当該死亡した者の相続人としての地位を自己が承継した事実を知った時をいうと判示しました。Bの死亡を知っただけでは足らず、Aの相続人の地位をBから承継した事実を知った時が起算点となるという考え方です(第1次相続基準説)。
実務的意義
債権者からの請求等で長年経過した後にAの相続を知るケースでも、知った時から3ヶ月以内であれば放棄が可能であることが明確になりました。再転相続では、丙(再転相続人)が「甲からの相続権を自分が引き継いでいる事実」を知った時を起算点として確認する必要があります。
放棄後の財産管理義務——令和5年改正民法940条
相続放棄をしても、相続人がただちにすべての責任から解放されるわけではありません。放棄者が一定の財産について保存義務を負う場合があります。この点について、2023年(令和5年)4月1日施行の改正民法940条で大きな見直しが行われました。
改正のポイントは2つあります。第1に、義務を負う対象が「現に占有している財産」に限定されたことです。改正前は遠方の空き家・山林等についても次の相続人や相続財産管理人に引き継ぐまで管理義務を負う構造になっており、放棄者の負担が過重との批判がありました。改正後は、現に占有していなければ保存義務を負いません。第2に、義務の内容が「保存義務」(財産を滅失・損傷させないようにする義務)に整理されました。
遠方の実家・山林を相続放棄したいが管理責任が心配——という相談は実務でも多く寄せられます。同居していない・事実上管理もしていない財産については、改正後は原則として保存義務を負いません。ただし、放棄前から鍵を預かっている等、現に占有していると評価される事案では引渡しまで保存義務が残るため、個別の状況に応じた判断が必要です。
弁護士に相談すべきケース
相続放棄の申述自体は弁護士なしでも行えますが、以下のようなケースでは弁護士への相談をおすすめします。
- 期限(3ヶ月)が迫っているが財産状況がまだ把握できていない
- 先順位の相続人が放棄して、突然自分が相続人になったと知らされた
- 被相続人に借金があるかどうか不明で、調査の進め方がわからない
- 相続人が複数いて全員の手続きが必要な場合
- 相続財産を一部でも使ってしまった(法定単純承認に該当するかもしれない)
- 過去に相続放棄の期限を過ぎてしまったが、やむを得ない事情がある
特に、期限が迫っているにもかかわらず財産状況が不明な場合は、熟慮期間の伸長申立が必要になります。こうした申立書の作成から手続き全体のサポートまで、弁護士が対応できます。自分でできるか不安という場合も、初回相談で手続きの流れを確認するだけでも有益です。
相続放棄でお悩みですか?
期限・手続き・財産調査のことなど、まずはお気軽にご相談ください。
弁護士が丁寧にお答えします。
引用裁判例・参考条文・参考文献
- 谷口知平・久貴忠彦編『新版注釈民法(27)相続(2)補訂版』(有斐閣、2013年)§938〜940
- 寺本吉男『Q&A 単純承認・限定承認・相続放棄の法律実務 判断ポイントと事例・書式』(日本法令、2024年)p.162
- 最高裁判所第一小法廷 昭和59年4月27日判決(最高裁判所民事判例集38巻6号698頁)—— 熟慮期間の起算点
- 最高裁判所第二小法廷 令和元年8月9日判決(最高裁判所民事判例集73巻3号293頁、判例タイムズ1474号5頁)—— 再転相続人の熟慮期間(第1次相続基準説)
- 民法第915条(相続の承認又は放棄をすべき期間)
- 民法第916条(相続の承認又は放棄をすべき期間・再転相続)
- 民法第921条(法定単純承認)
- 民法第938条(相続の放棄の方式)
- 民法第939条(相続の放棄の効力)
- 民法第940条(相続の放棄をした者による管理)—— 令和5年4月1日施行の改正民法
- 裁判所「相続の放棄の申述」https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_06_13/index.html
- 最高裁判所事務総局「司法統計年報(家事編)」令和4年(2022年)—— 相続放棄申述受理件数 約19万件
3ヶ月の期限が近づいているのに、被相続人の財産状況がまだ把握できていない場合は、すぐに伸長申立を検討してください。
まだ調査中だから判断できないという状況でも、期限を過ぎると単純承認とみなされてしまいます。伸長申立は、申立書と上申書を家庭裁判所に提出するだけで申立でき、弁護士に依頼すれば申立書の作成からすべて対応できます。放棄するかどうかの判断は伸長後に改めてすればよいのですから、迷ったら先に伸長申立を、というのが実務的な対応です。