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コラム

遺言書が偽造されたと主張するとき
—自書性の判断構造と実務対応【弁護士解説】

この記事でわかること
  • 偽造の主張は自筆証書遺言の自書性(民法968条)の問題であること
  • 裁判所が自書性を判断する5つの要素(東京地裁民事部プラクティス委員会)
  • 筆跡鑑定の役割と、なぜ鑑定だけで勝てないのか
  • 仙台高裁H4.1.31:偽造を疑わせる9つの主張がすべて退けられた理由
  • 最判H5.10.19:カーボン複写の遺言書は偽造か
  • 最判H6.6.24:封筒の封じ目への押印は有効か
  • 東京高裁H9.11.27:危急時遺言での真意の争い方
  • 遺言を残したい側・無効を主張したい側それぞれの実務対応

この遺言書は親の字じゃない——偽造主張の法的位置づけ

相続紛争において、遺言書が本人の字ではない、別の用紙にすり替えられた、本人が書かされたといった偽造の疑いが持ち上がるケースがあります。このような主張は、遺言書の有効性を争う局面で重要な位置を占めます。

法的に整理すると、遺言書の偽造の主張は、自筆証書遺言の成立要件(民法968条)の問題です。

民法968条1項(自筆証書遺言)
「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」

全文の自書とは、遺言者自身の手で書き記すことを意味します。他人が代筆した場合(名義人の意思に反して書いた場合)はもちろん、本人であっても身体上の理由で自書能力がなければ有効な自書とはいえません。

なお、名義人が承諾のうえで第三者が代筆した場合は民法上の偽造とは異なりますが、全文の自書要件を満たさないため遺言として無効となる点は同じです。

公正証書遺言の場合は公証人が関与するため偽造が問題になることはまれです。偽造が争われるのは、ほとんどが自筆証書遺言です。

「偽造」と「変造」の区別——どちらを主張するかで争点が変わる

遺言書を疑うときに「偽造された」と一言でいいがちですが、法律上は偽造(ぎぞう)と変造(へんぞう)を区別します。中根秀樹『遺言無効紛争事件実務マニュアル』(新日本法規出版・2023年)はこの2つを次のように整理しています。

  • 偽造:文書の作成名義を偽ること。すなわち、作成権限のない者が他人名義の文書(遺言書)を作成すること。「親の名前で誰かが新しく遺言書を作った」という主張がこれに該当します。
  • 変造:真正に成立した文書に不正に手を加えて内容を改変すること。「本人が作った遺言書だが、後から内容の一部が書き換えられた/追記された」という主張がこれに該当します。

偽造を主張する場合は遺言書全体の作成名義を争い、変造を主張する場合は改変された部分を特定することが必要です。「全部偽造」と主張するのか、「改ざんされた部分がある」と主張するのかで、立証すべき間接事実・必要な対照文書・筆跡鑑定の対象が変わってきます。状況によっては偽造と変造の双方を予備的に主張することも実務上はあります。

裁判所が自書性を判断する5つの要素

遺言書が本人の自書によるものかどうかについて、東京地裁民事部プラクティス委員会第二小委員会の研究(「遺言無効確認訴訟の争点別訴訟上の問題」判例タイムズ1380号16頁)は、裁判実務における主な判断要素を5つ挙げています。中根秀樹『遺言無効紛争事件実務マニュアル』(新日本法規出版、2023年)p.218においても、これら5要素を踏まえた自書性判断の実務的整理が示されています。

筆跡の同一性

遺言書と、遺言者が生前に確実に書いた文書(手紙・日記・メモ・介護記録の署名など)を対照・比較します。また、偽造したと疑われる者の筆跡と比較することもあります。人の筆跡は体調・加齢・感情によって変化するため、遺言作成時期に近接した対照文書を多く用意するほど精度が高まります。

遺言者の自書能力の有無・程度

遺言者が文字を書く能力(読み書き能力)を有していたかを検討します。高齢・疾患・身体障害などによって自書能力が失われていた場合、自書性は否定される方向に働きます。他人の添え手があったという事実も、自書性を妨げる間接事実として重要視されます。

遺言書の体裁

使用された印章、用紙・筆記具の種類、インクや墨の色・濃淡、文字の崩し方(楷書か行書か)・乱れの程度、文の配置、紙面の構成などが、遺言書の真否を判断する要素となります。体裁の不自然さは、偽造を疑わせる間接事実になりえます。

遺言の内容

遺言者にそのような遺言をする動機・理由があったかどうかを検討します。遺言者の従前の発言・意向、家族関係、財産状況、特定の相続人との関係性に照らして、内容が不自然でないかを見ます。反対に、特定の相続人だけを著しく優遇する内容は、偽造の動機があったことを推認させる事情として機能することがあります。

遺言作成時の状況・保管状況・発見状況

遺言書がどのような状況で作成されたか、誰がどこで保管していたか、誰がいつ・どのような経緯で発見したかを総合的に見ます。遺言作成時に使用した印鑑が当時すでに紛失していたといった事情も判断要素となります。

裁判実務では、これら5つの要素を総合的に判断します。一つの要素が否定的でも、他の要素が肯定的であれば自書性が認められるケースも多く、偽造だと主張する側は、複数の要素にわたって間接事実を積み上げていく必要があります。

自書性立証の攻撃防御の構造——「推認させる事実」と「推認を妨げる事実」

遺言書の真否(自書性の有無)の立証は、原告・被告がどう争うかという主張立証構造の理解が実務上重要です。中根『遺言無効紛争事件実務マニュアル』(2023年) p.220は、この立証構造を以下のように整理しています。

原告・被告それぞれの立場から、「遺言書が遺言者によって自書されたことを推認させる間接事実」と、「反対にその推認を妨げる間接事実」を立証していく——という構造です。つまり、自書性の判断は単一の決定的証拠(例:1通の筆跡鑑定書)で決まるものではなく、複数の間接事実を積み上げて推認の網を張っていく作業になります。

主な証拠方法としては、以下が挙げられています:

  • 筆跡対照文書:遺言と対照する遺言者が自書した文書(手紙・日記・メモ等)。複数・遺言作成時期に近接したものほど望ましい
  • 自書能力に関する証拠:診療録・介護記録・自書を含む遺言者作成書類の有無
  • 体裁に関する証拠:印章・用紙・筆記具・墨色・配置などの状況
  • 動機・内容の合理性に関する証拠:遺言者の従前の発言・遺贈先との関係
  • 発見・保管状況の証拠:保管場所・発見者・封筒の状態など

「決定的な1点を打ち出して終わり」ではなく、「総合判断の中でどちらに優位な事実を多く積み上げられるか」が勝敗を分けます。

筆跡鑑定の役割と限界

遺言書の字が違うと感じたとき、多くの人が真っ先に思い浮かべるのが筆跡鑑定です。しかし実務上、筆跡鑑定の位置づけを正確に理解しておく必要があります。

筆跡鑑定が有用な理由

筆跡鑑定人が、遺言書と対照文書(遺言者が書いたことが確実な文書)の同一性・類似性・相関性・相異性を専門的知見から分析することは、自書性の判断に一定の材料を提供します。当事者が私的鑑定を依頼してその結果を証拠として提出することも、裁判所に正式な鑑定を申し出ることも可能です。

筆跡鑑定で勝てない理由

一方で、筆跡鑑定という手法が科学的に確立された手法といえるかについては疑問を呈する見解が多く、裁判実務も鑑定結果のみから筆跡の同一性を認定することには慎重です。特定の鑑定機関・鑑定人が別人の筆跡と鑑定しても、裁判所がそれをそのまま採用するとは限りません。

⚠ 筆跡鑑定の信用性を左右する3つのポイント

鑑定人の資格・経験:筆跡鑑定に十分な知識と経験を有する者が行ったか。
対照文書の適切さ:遺言書と同一文字を多数含み、真正性に争いがない対照文書が使用されているか。
鑑定方法の適切さ:同一性・類似性・相関性・相異性の各チェックなど、一般的な方式で行われているか。

これらに問題があれば、鑑定の信用性を弾劾することで、相手方の鑑定結果を争うことができます。

筆跡鑑定はあくまで証拠の一つであり、前述の5つの判断要素との整合性のなかで評価されます。鑑定が出れば終わりではなく、鑑定を補強する他の証拠・間接事実との組み合わせが勝敗を分けます。

裁判例①:偽造を疑わせる9つの主張がすべて退けられた事件

仙台高等裁判所 平成4年1月31日判決(金融商事判例938号30頁)

偽造の疑いを主張する側にとって示唆に富む裁判例です。この事件では、原告(遺言無効を主張する相続人)が偽造を疑わせる間接事実として9つの主張を展開しましたが、仙台高裁はそのすべてを退けました。

事案の概要:亡Aが複数の相続人のうち特定の2名のみに不動産を遺贈するという自筆証書遺言が残されたため、他の相続人らが偽造だとして遺言無効確認訴訟を提起しました。

主張された9つの偽造の疑いと裁判所の評価

  • 「遺」の字がなぞり書きではないか 退けられた
    対照文書との照合の結果、遺言書の筆跡は遺言者本人のものと認定。なぞり書きとはいえない。
  • 押印が長円型の「齋藤」印であり、通常使用する印章と異なる 退けられた
    遺言書への押印は認め印でも有効であり(実印が要件ではない)、異なる印を使ったこと自体は偽造を示さない。
  • カーボン紙による複写であり、自書とはいえない 退けられた
    最高裁判所は後にカーボン複写による自筆証書遺言の有効性を認めている(最判H5.10.19)。カーボン複写は偽造しやすいという批判があるが、それは立法論の問題であり、遺言者本人が複写したものであれば自書性を否定しない。
  • 妻名義の遺言書と合綴し、契印がされている 退けられた
    合綴・契印の存在は共同遺言(民法975条違反)の問題として検討されうるが、本件では容易に切り離しが可能であり、最高裁の判断(最判H5.10.19)に照らし共同遺言には当たらないとされた。
  • 契印が「3枚目表2か所」から「2枚目裏1か所」に変わっており矛盾がある 退けられた
    遺言書自体の存在と内容は立証されており、契印の相違は偽造を直接示す証拠にはならないと判断された。
  • 検認前に遺言書を開封した 退けられた
    検認前の開封は民法1004条3項の罰則規定(過料)の問題だが、遺言書の有効性自体とは別問題。開封したことは偽造の証拠にはならない。
  • 普段は尺貫法を使う人物なのに「㎡」の単位が使われている 退けられた
    高齢であっても登記関係書類等でメートル法の単位を目にする機会はあり、遺言書作成時に㎡を使用したことが直ちに不自然とはいえない。事実としても確認できなかった。
  • 同一地名の文字が重なり合っており、下書き・手本に重ね書きした疑いがある 退けられた
    文字の重なりについての主張自体、事実として採用されなかった。
  • 10名の相続人のうち特定の2名のみへの遺贈であり、動機が不自然 退けられた
    遺言者には当該2名に対して遺贈する合理的動機があったと認定。不自然な内容とはいえない。
弁護士コメント

この判決が示すのは、怪しい点がたくさんあるという積み上げが必ずしも偽造の証明にはならない、ということです。偽造を主張する側は、個々の怪しい点を列挙するだけでなく、それが筆跡同一性・自書能力・体裁・内容・発見状況という5つの要素においてどう機能するかを、筋道立てて組み立てる必要があります。

逆に言えば、遺言書の有効性を守る側は、こうした間接事実の一つひとつに具体的な説明をつけられれば、主張を退けることができます。

裁判例②:カーボン複写の遺言書は偽造か——最高裁が示した判断

最高裁判所第三小法廷 平成5年10月19日判決(家庭裁判月報46巻4号27頁、判例タイムズ832号78頁、判例時報1477号52頁)

前述の仙台高裁事件(控訴審)について、最高裁が直接判断を示したのがこの判決です。遺言書がカーボン紙による複写で作成されていたことが問題となりました。

最判H5.10.19(最高裁第三小法廷)の判示

争点①:カーボン複写の遺言書は「自書」といえるか

カーボン複写であっても、遺言者本人が複写用紙に筆記したものであれば、「全文の自書」の要件を満たす。自書性の本質は「遺言者自身の手による筆記」にあり、複写の技術的手段を排除するものではない。

争点②:妻名義の遺言書と合綴された場合、民法975条の「共同遺言の禁止」に当たるか

複数の遺言書が合綴されている場合であっても、各遺言書が容易に切り離しができる状態であれば、「2人以上の者が同一の証書にした遺言」(民法975条)には当たらず、共同遺言の禁止に違反しない。

この判決は、カーボン複写は偽造しやすいという批判を承知のうえで、自書性の要件を目的論的に解釈したものです。複写紙を使うこと自体は立法論として問題提起できますが、現行法の解釈としては遺言者本人が書いた複写は有効な自書です。

なお最高裁は、複写版(副本)を対照文書として筆跡の同一性を検討することを容認する立場と整合しており、複写版の存在が偽造主張を強化するというロジックはこの判決によって封じられています。

裁判例③:封筒の封じ目への押印は有効か——押印要件の柔軟解釈

最高裁判所第二小法廷 平成6年6月24日判決(家庭裁判月報47巻3号60頁)

自筆証書遺言に押印の要件(民法968条1項)がありますが、遺言書本文の署名の下ではなく、これを入れた封筒の封じ目に押印した場合はどうなるのかが問われた事案です。

背景となった東京高裁事件(平成5年8月30日判決、判例タイムズ845号302頁)では、書簡形式の自筆証書遺言が問題となりました。遺言者は書簡の形式を採ったため、本文の署名下には押印しませんでしたが、封筒の封じ目の左右2か所に「菅谷」の印を押しました。

東京高裁H5.8.30(控訴審)・最判H6.6.24(上告審)の判示

押印要件の趣旨

自筆証書遺言の押印を要求する趣旨は、遺言者の同一性・真意を確保するとともに、重要な文書については作成者が署名した上にその名下に押印することで文書の完成を担保するという我が国の慣行・法意識にある。この趣旨が損なわれない限り、押印の位置は必ずしも署名の名下でなくてよい。

封筒封じ目への押印で要件を満たす

遺言書であることを意識して封筒の封じ目に押印した場合、当該押印は遺言書の完結を示す意義を有しており、押印の要件(民法968条1項)に欠けるところはない。最高裁は東京高裁の判断を是認し、上告を棄却した。

この判決は、押印の形式的な位置よりも遺言書の完結を担保する趣旨が果たされているかという実質を重視したものです。書簡形式の遺言や、封筒に封じた遺言については、封じ目への押印が有効と解されることを示しています。

実務上の注意

封筒封じ目への押印が遺言者本人による押印かどうか自体が争われるケースがあります。本件でも1審・控訴審段階で押印が本人のものかが争点となり、金庫からの発見状況・他の証拠の総合評価で本人の押印と認定されました。押印の真正性の争いは残ります。

裁判例④:危急時遺言での真意の争い——心証基準の緩和

東京高等裁判所 平成9年11月27日決定(家庭裁判月報50巻5号69頁、判例タイムズ984号232頁)

死が迫っている状況で口授によって行われる危急時遺言(民法976条)では、方式が緩和される一方、家庭裁判所が遺言者の真意に出たものであることを確認することが必須とされています(民法976条5項)。この確認の心証水準が問題となった事案です。

事案の概要:末期の病状にある遺言者の依頼で、交友関係にあった弁護士(抗告人野口)が証人2名を伴って病院に赴き、従前から聴取していた内容に沿った危急時遺言を筆記・読み聞かせ・署名押印して作成しました。その後、家庭裁判所は確認申立てを却下しました(原審)。

却下の根拠となったのは、申立日(遺言作成から約19日後)に家裁調査官が面接した際、遺言者が遺言内容を翻すような言動をしたことでした。家裁はこれを遺言当時の真意に沿わない可能性があるとして確認に必要な心証が得られないと判断しました。

東京高裁H9.11.27の判示

危急時遺言確認の心証水準

危急時遺言の確認にあたり、遺言者の真意につき家庭裁判所が得るべき心証の程度は、いわゆる「確信の程度」に及ぶ必要はなく、当該遺言が「一応遺言者の真意に適う」と判断される程度の緩和された心証で足りる。

遺言後の言動の評価

遺言作成後の調査官面接時における遺言者の言動は、「遺言後に遺言者の心境に変化が生じた」ことを示す事情として評価すべきであり、遺言作成時に真意に沿わない遺言が作られたことを疑わせる事情と評価するのは適切ではない。遺言者の意思は時間の経過・周囲への感情等により変化しうるものだからである。

結論

本件では、弁護士が遺言者から従来から聴取していた内容に沿って筆記し、読み聞かせ・署名押印という手続きが適切に行われており、一応遺言者の真意に適うと判断できる程度の心証は得られる。原審判を取り消し、本件遺言を確認する。

この判決の重要なポイントは心証の緩和と遺言後の言動の意味の2点です。死の直前という緊迫した状況下での遺言については、確信に至らない程度の心証でも確認が認められます。また、遺言後の心境変化(撤回したい・内容を変えたい)は、遺言作成時の真意を否定するものではありません。

証拠収集の実務——偽造を主張する側・守る側のそれぞれの戦略

偽造を主張する側(遺言無効確認の原告)が集めるべき証拠

  • 筆跡対照文書の確保:遺言者が確実に自書した文書(手紙・日記・メモ・銀行届け出書類・介護記録の署名欄など)を可能な限り多数収集します。遺言書の作成時期に近接したものが最も有効です。
  • 自書能力の医学的証拠:遺言作成時に遺言者の自書能力が失われていた可能性があれば、診療録・介護記録・各種検査結果(神経学的所見を含む)を収集します。遺言能力の問題と重なることも多いです。
  • 遺言書の体裁に関する証拠:使用された印章(遺言者が所持していた印章と一致するか)、用紙の種類、筆記具の種類・色を確認します。遺言作成当時に印鑑を紛失していた等の事実があれば重要な証拠になります。
  • 発見状況・保管状況の確認:誰が・いつ・どのような経緯で発見したか、保管場所はどこだったか、封筒はどのような状態だったかを詳細に記録します。発見者が利益を得る相続人であること、保管場所が不自然であること等は間接事実になりえます。
  • 遺言内容の不自然さの立証:遺言者の従前の発言・意向、家族関係に照らして遺言内容が不自然であることを示す証拠(関係者の供述・手紙・録音等)を収集します。

遺言書の有効性を守る側(被告・利害関係者)が準備すべき証拠

  • 筆跡の同一性を示す対照文書の確保:遺言者が自書した信頼性の高い文書を多数確保し、遺言書の筆跡との同一性を示します。
  • 遺言作成の経緯の立証:遺言書の作成を目撃した者・立ち会った者の供述を確保します。公証人・証人・その場にいた家族・弁護士などの証言は強力です。
  • 遺言の動機・内容の合理性の立証:遺言者が当該内容の遺言をする動機・理由を示す証拠(生前の言動・手紙・関係者の証言)を収集します。
  • 印章・用紙等の確認:使用された印章が遺言者の所有物であること、用紙・筆記具が遺言者の使用習慣と一致することを示します。
  • 発見状況の適切さの立証:発見状況・保管状況が不審でないことを示す証拠を確保します。

平成30年改正で「全文の自書」要件は緩和された——財産目録は自書不要

偽造/自書性の論点を扱う際、見落としやすいのが平成30年(2018年)改正による民法968条の方式緩和です。堂薗幹一郎・神吉康二『概説 改正相続法【第2版】』(きんざい・2021年)は次の点を整理しています。

  • 従来は遺言書の全文を遺言者が自書する必要があった(旧民法968条1項)。
  • 改正後(民法968条2項)は、自筆証書遺言に相続財産の全部又は一部の目録を添付する場合、その目録については自書することを要しない(パソコンでの作成・登記事項証明書や通帳のコピー添付なども可)。
  • ただし、自書によらない目録を添付する場合は、遺言者は目録の各頁に署名押印をしなければならない(同条2項後段)。

この改正により、自書性の争いの対象は本文部分に限定されることが多くなりました。たとえば「目録の字が遺言者本人の字でない」と主張しても、目録は元々自書不要であるため、その主張だけでは自書性違反は導かれません。逆に「目録の各頁に遺言者の署名押印がない」「目録への署名押印が遺言者本人のものでない」という主張であれば、方式違反の検討対象となります。

偽造主張・防御の整理にあたっては、争いの対象となっている部分が本文(自書必須)か、目録(自書不要・署名押印必要)かを最初に切り分けることが重要です。

偽造されない遺言のために——今すぐできる予防策

後日偽造だと争われるリスクを最小化するために、遺言書の作成段階で取れる手段があります。

手段 偽造対策としての効果 備考
公正証書遺言 公証人が関与するため偽造の余地がほぼなく、内容の証明力も高い 公証人手数料が必要。証人2名が必要
法務局保管制度(自筆証書遺言) 法務局が原本を保管するため、すり替え・改ざんのリスクがなくなる 保管申請時に本人確認あり。保管手数料3,900円
遺言作成の動画記録 遺言者が自ら全文を書いている様子を記録することで、自書性の争いを封じる 動画自体が証拠として採用された裁判例あり
弁護士・司法書士の立会い 専門家が作成経緯を証言できるため、後の紛争を予防しやすい 自筆証書遺言の「自書」を代筆してはならない点に注意
複数の対照文書の残存:日記・手紙の保存 後日の筆跡対照に使える文書が多いほど、自書性立証が容易になる 作成時期が遺言書に近いほど有効

最も確実な偽造対策は公正証書遺言+法務局保管の組み合わせ(自筆証書遺言の場合)または公正証書遺言の作成です。費用はかかりますが、死後の紛争コストと比較すれば、予防投資として合理的です。

加山綾一 弁護士(東京弁護士会)
加山綾一(弁護士)
東京弁護士会所属(登録番号39453)。複数社の顧問、社外役員等を務める傍ら、弁護士主導の相続サポートプラットフォームを運営。相続紛争・遺産分割の実務に携わる。相続診断士。

この遺言書は本当に本人の字か——まず弁護士に相談を

遺言書の真正性に疑問がある場合、早期の証拠保全が重要です。
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引用裁判例・参考文献

  • 東京地裁民事部プラクティス委員会第二小委員会「遺言無効確認訴訟の争点別訴訟上の問題」判例タイムズ1380号16頁
  • 土井文美「遺言能力(遺言能力の理論的検討及びその判断・審理方法)」判例タイムズ No.1423(2016年6月)
  • 中根秀樹『遺言無効紛争事件実務マニュアル』(新日本法規出版、2023年)p.218・p.232(自書性の判断要素/偽造の立証の証拠方法・偽造と変造の区別)
  • 堂薗幹一郎・神吉康二『概説 改正相続法【第2版】』(きんざい、2021年)(民法968条平成30年改正・自筆証書遺言の方式緩和)
  • 最高裁判所第三小法廷 平成5年10月19日判決(家庭裁判月報46巻4号27頁、判例タイムズ832号78頁、判例時報1477号52頁)遺言無効確認請求事件
  • 最高裁判所第二小法廷 平成6年6月24日判決(家庭裁判月報47巻3号60頁)遺言無効確認請求上告事件
  • 仙台高等裁判所 平成4年1月31日判決(金融商事判例938号30頁)遺言無効確認請求控訴事件
  • 東京高等裁判所 平成5年8月30日判決(判例タイムズ845号302頁)遺言無効確認請求控訴事件
  • 東京高等裁判所 平成9年11月27日決定(家庭裁判月報50巻5号69頁、判例タイムズ984号232頁)遺言確認申立却下審判に対する抗告事件
  • 仙台地方裁判所気仙沼支部 平成2年10月4日判決(金融商事判例938号32頁)遺言無効確認請求事件(1審)
  • 民法第968条(自筆証書遺言)
  • 民法第975条(共同遺言の禁止)
  • 民法第976条(死亡危急者の遺言)

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