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デジタル遺言(正式名称・保管証書遺言)とは—新設と押印の見直しを弁護士が解説—

「遺言はすべて手書き、しかも実印を押さなければならない」——そう思っている方は多いのではないでしょうか。自筆証書遺言は全文を自分の手で書く必要があり、押印も欠かせないというのが、長く続いてきたルールでした。
この遺言のかたちが、これから大きく変わろうとしています。2026年(令和8年)6月に成立した民法改正で、パソコンなどで作成して法務局に保管する新しい遺言(正式名称・保管証書遺言、通称「デジタル遺言」)が新設され、あわせて自筆証書遺言などの押印が任意化されることになりました。ただし、これらが実際に使えるようになる日(施行日)は、本記事の執筆時点(2026年8月)ではまだ決まっていません。本記事は「今後こう変わる」という予告・解説として、新制度の中身と、今の遺言をどう考えればよいかを、弁護士がわかりやすく整理します。
📋 この記事のポイント
  • 2026年(令和8年)6月に成立した民法改正で、遺言に関する2つの見直しが決まった。
  • 保管証書遺言の新設——パソコン等で作成し、遺言書保管官の前で内容を口述して法務局に保管してもらう新しい方式(通称「デジタル遺言」/民法968条の2・968条の3)。家庭裁判所の検認は不要。
  • 押印要件の任意化——自筆証書遺言・秘密証書遺言・特別方式の遺言について、押印は「押しても押さなくても有効」に。押印の「廃止」ではなく「任意化」。
  • 公正証書遺言は令和5年の改正で既に手当て済みで、今回の押印任意化の対象ではない(混同に注意)。
  • ⚠️ 施行日は政令で定める日で、まだ決まっていません。「◯年から使える」と断定はできません。押印の任意化は公布から1年以内、保管証書遺言は3年以内に施行される予定です。
  • 今ある遺言は、現行の方式で有効です。慌てて作り直す必要はなく、施行後に「選択肢が増える」と捉えるのが実際的です。

1. 何が変わるのか——3つのポイント

今回の民法改正(民法等の一部を改正する法律。令和8年6月成立・公布)で、遺言のルールは次のように変わります。まずは全体像を3行でつかんでください。

  • 保管証書遺言の新設:パソコンなどで作った遺言を、法務局(遺言書保管官)の前で口述し、保管してもらう新方式ができる。
  • 押印の任意化:自筆証書遺言などの押印が、「押しても押さなくても有効」になる。
  • いずれも施行日は未定:政令で定める日から施行される。2026年8月時点では、具体的な日は決まっていない。

いずれも、遺言をより作りやすく、また作った遺言をより安全に保管できるようにするための見直しです。以下、順番に見ていきましょう。

⚠️ 本記事は「予告・解説」です

ここで解説する内容は、2026年6月に成立した改正法の条文にもとづくものですが、実際に利用できるようになる施行日はまだ定まっていません。制度の詳細(法務省令で定める具体的な手続きなど)も、今後さらに整備されていきます。実際に新しい方式で遺言を作ろうとする際は、その時点の最新情報や専門家の確認を必ずご利用ください。

2. なぜ今回の改正が行われたのか——立法の背景

今回の遺言制度の見直しについて、政府は「背景・必要性」として大きく3つの事情を挙げています(内閣官房・関係閣僚会議資料)。

第一に、高齢化の進展や単独世帯の増加といった家族のあり方の変化により、遺言に対するニーズが増え、かつ多様化していることです。第二に、所有者不明土地問題などの社会課題です。相続登記が行われないまま放置される土地は全国で約23%にのぼるとされ(令和6年・国土交通省調査)、遺言によって相続を円滑に進めることの重要性が高まっています。第三に、デジタル技術の進展・普及に、従来の紙・手書きを前提とした遺言制度が十分対応できていなかったことです。政府はこれらを踏まえ、「遺言制度をさらに使いやすくすることが喫緊の課題」と位置づけました。

とりわけ、これまでの自筆証書遺言には「全文を自分で手書きしなければならない」という負担がありました。法制審議会の部会資料では、高齢や病気で自書が難しい方が、財産が少なく争いの可能性も低いにもかかわらず、費用のかかる公正証書遺言を選ばざるを得なかった、という実情が指摘されています。また、自宅で保管する遺言書には、死後に発見されるかどうか、改ざんされないかといった不安がつきまとう点も、かねてから課題とされてきました。

押印要件の見直しについても、政府は「押印に関する慣行や法意識の変容」を理由に挙げています。こうした背景のもとで、パソコンやスマートフォンで作成したデータを法務局に保管する「保管証書遺言」の新設と、押印要件の任意化が行われることになりました。

3. 保管証書遺言(デジタル遺言)とは

今回の目玉が、保管証書遺言という新しい遺言の方式です。報道などでは「デジタル遺言」と呼ばれることが多いですが、これはあくまで通称で、法律上の正式名称は保管証書遺言です。

まず前提として、遺言の方式を定める民法967条が改正され、遺言の種類に「保管証書」が加わります。

民法第967条(改正後・普通の方式による遺言の種類)
「遺言は、自筆証書、保管証書、公正証書又は秘密証書によってしなければならない。ただし、特別の方式によることを許す場合は、この限りでない。」

これまで普通の方式の遺言は、自筆証書・公正証書・秘密証書の3種類でした。ここに保管証書が加わり、4種類になります。

どうやって作るのか

保管証書遺言の作り方は、大まかに次のような流れになります。

  • 遺言者が、遺言の全文を作成する(パソコンなどで作成した電磁的記録=データでもよい)。手書きに限られない点が、自筆証書遺言との大きな違いです。
  • その証書に署名する(または法務省令で定める、署名に代わる措置を講じる)。
  • 遺言者が、法務局の遺言書保管官の前で、遺言の全文を口述する
  • その遺言に係る証書を、法務局における遺言書の保管等に関する法律(遺言書保管法)にしたがって法務局に保管する。保管して初めて効力が生じます。

この方式の根拠となるのが、新設される民法968条の2です。方式の中身がまとめて定められています。

民法第968条の2(新設・保管証書遺言の方式)
「保管証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 遺言者が、遺言の全文(電磁的記録に記録された場合にあっては、遺言の全文及び氏名)が記載され、又は記録された証書について、署名又はこれに代わる措置として法務省令で定めるものを講ずること。
二 遺言者が、遺言書保管官(法務局における遺言書の保管等に関する法律(平成三十年法律第七十三号)第四条に規定する遺言書保管官をいう。以下この款において同じ。)の前で、その証書に記載され、又は記録された遺言の全文を口述すること。
2 前項の規定によりした遺言は、法務局における遺言書の保管等に関する法律の定めるところにより当該遺言に係る証書を保管しなければ、その効力を生じない。」

あわせて、口がきけない方のための特則も新設されます(民法968条の3)。遺言書保管官の前での口述に代えて、通訳人の通訳によって申述したり、自書したりする方法などが用意され、事情のある方でもこの方式を利用できるよう配慮されています。

検認が不要になる

保管証書遺言は法務局に保管される仕組みのため、家庭裁判所の検認が不要とされています。検認とは、相続開始後に家庭裁判所で遺言書の存在と内容を確認する手続きで、自筆証書遺言(法務局の保管制度を使わない場合)では相続人にとって手間のかかる作業です。この検認が要らないのは、遺言を残す側・受け取る側の双方にとって、実務上のメリットが大きいといえます。

📌 自筆証書遺言との違いをひとことで
自筆証書遺言は「全文を自分の手で書く」ことが必須です。これに対し保管証書遺言は、パソコンで作成したデータでもよく、そのうえで法務局の保管官の前で内容を口述し、法務局に保管してもらう——という新しいかたちです。手書きの負担が重い方にとって、有力な選択肢が増えることになります。

弁護士 加山綾一のコメント

手書きの負担や保管場所の不安から、遺言を先延ばしにしてしまう方は少なくありません。保管証書遺言は、パソコンで作成でき、しかも法務局で安全に保管され、検認も不要——と、こうしたハードルを下げる制度だと受け止めています。もっとも、方式が簡便になるほど、内容が本人の真意にかなっているか、後で争いにならないかという点は、これまで以上に丁寧に確認しておく必要があります。新しい方式が使えるようになった際も、遺言の中身の設計は専門家と一緒に詰めることをお勧めします。

4. 押印要件の任意化——「廃止」ではなく「任意化」

もう一つの見直しが、遺言の押印要件です。ここは誤解されやすいので、正確に押さえてください。今回の改正は、押印を「廃止(一律になくす)」ではなく「任意化(押しても押さなくても有効にする)」するものです。押したい方は従来どおり押印してかまいませんし、押印がないことだけを理由に遺言が無効になることはなくなる、という趣旨です。

対象になる遺言

押印が任意化されるのは、次の方式の遺言です。

  • 自筆証書遺言(民法968条)
  • 秘密証書遺言(民法970条)
  • 特別方式の遺言(死亡の危急に迫った場合などの遺言。民法976条・979条・980条)

もっともよく使われる自筆証書遺言についてみると、これまでの民法968条1項は、全文・日付・氏名の自書に加えて押印を求めていました。改正後は、この押印の要件が外れます。

民法第968条第1項(改正後・自筆証書遺言)
「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書しなければならない。」
※従来この項の末尾にあった「これに印を押さなければならない」に相当する押印の要件が削除されます。財産目録を添付する場合の毎葉署名を定める第2項、加除変更の方式を定める第3項からも、それぞれ押印を求める部分が削除されます。

秘密証書遺言(民法970条)についても、遺言者に求められていた押印・封印の要件が見直され、証書への署名や封をすることで足りるよう改められます。

⚠️ 公正証書遺言は今回の対象ではありません

ここで混同しやすいのが公正証書遺言です。公正証書遺言については、令和5年の改正(公証制度のデジタル化に関する見直し)で既に手当てがされており、今回の押印任意化の対象には含まれていません。「遺言の押印が全部なくなった」と一括りに理解すると不正確です。今回任意化されるのは、あくまで自筆証書・秘密証書・特別方式の遺言です。

5. いつから使えるのか——⚠️ 施行日はまだ決まっていない

ここが本記事でもっとも注意していただきたい点です。これらの新しいルールが実際に使えるようになる日(施行日)は、本記事の執筆時点(2026年8月)では、まだ決まっていません。改正法自体は2026年(令和8年)6月に成立・公布されましたが、施行日は、今後政令で定められます。

見直しの内容 施行の予定
押印要件の任意化 公布の日から1年以内の、政令で定める日
保管証書遺言の新設 公布の日から3年以内の、政令で定める日(システム整備等が必要なため、押印任意化より遅れて施行される見込み)

したがって、「令和◯年から保管証書遺言が作れます」といった断定は、現時点ではできません。具体的な施行日が政令で定められた段階で、あらためて確認する必要があります。

📌 「今ある遺言」はどうすればよいか
結論から言えば、慌てる必要はありません。今すでに作ってある遺言や、これから現行の方式で作る遺言は、現行の民法にしたがっていれば有効です。今回の改正は、既存の遺言を無効にするものではなく、将来「作り方の選択肢が増える」というものです。今の時点でできることをきちんと整え、新しい方式が使えるようになったら、その利便性を踏まえて選び直す——という順番で考えれば十分です。

6. 実務上の注意点と、これから議論される論点

新しい方式は便利になる一方で、遺言をめぐる紛争に日常的に接する立場からは、これから丁寧に運用を見ていく必要のある論点もあります。以下は一般的な留意点であり、制度の詳細は今後の法務省令等で具体化されていく点にご留意ください。

本人確認・なりすましへの備え

保管証書遺言は、遺言書保管官が本人確認を行い、遺言者が保管官の前で内容を口述するという仕組みによって、本人の意思にもとづくものであることを担保しています。パソコンで作成したデータを扱う以上、なりすましや第三者による作成といった懸念は、制度設計・運用の両面で重要なテーマになります。実際の手続きでどのような本人確認が求められるかは、今後定められる手続きの内容を確認することが大切です。

遺言能力(判断能力)の確認

方式が簡便になっても、遺言をするには遺言能力(遺言の内容を理解し判断する能力)が必要であるという大原則は変わりません。むしろ、作成のハードルが下がるほど、後になって「作成当時、本当に判断能力があったのか」が争点になる場面は想定されます。高齢や病気で判断能力に不安がある場合には、作成時の状況を記録に残しておくなど、後日の紛争を避ける工夫があらためて重要になると考えられます。

押印がないことをめぐる受け止め

押印が任意化されると、押印のない遺言も有効になります。ただ、日本では押印に強い信頼を寄せる感覚が根強く残っています。押印のない遺言について、相続人が「本当に本人が作ったのか」と受け止め方に差が生じる可能性はゼロではありません。制度上は有効でも、あえて押印しておく、あるいは作成の経緯を明確にしておくといった配慮が、無用な誤解を避けるうえで有効な場面もあるでしょう。

7. 弁護士の視点——どの方式を選ぶべきか

遺言の方式が増えることは、遺言者にとって選択肢が広がるという意味で歓迎すべきことです。もっとも、「どの方式が自分に合っているか」は、財産の内容・相続人の関係・判断能力の状況などによって変わります。方式選びの考え方を、大まかに整理してみます。

方式 向いている場面(一般的な傾向)
自筆証書遺言 費用をかけず手軽に作りたい。内容が比較的シンプル。法務局の保管制度を併用すると安全性が高まる
保管証書遺言
(施行後)
手書きの負担を避けつつ、法務局で安全に保管したい。検認の手間も避けたい
公正証書遺言 財産が多い・相続人間で争いが予想されるなど、公証人の関与で確実性を最大限高めたい

大切なのは、方式(かたち)を整えることと、内容(中身)を練ることは別だということです。方式が簡便になっても、誰に何を遺すか、遺留分への配慮はどうするか、遺言執行者を誰にするかといった中身の設計を誤れば、かえって相続人の間に争いの火種を残しかねません。専門家が関与する意義は、まさにこの中身の設計と、後日の紛争を見越したリスク管理にあります。

📌 あわせて読みたい
遺言の中身の作り込みや、方式ごとの実務については、次の記事もご覧ください。新しい方式が使えるようになっても、これらの基本は変わりません。

よくある質問

同じものです。法律上の正式名称は「保管証書遺言」で、「デジタル遺言」は報道などで使われる通称です。パソコンなどで作成したデータでも作れることから、デジタルという呼び名が使われています。正式な条文上は保管証書遺言(民法968条の2など)と表記されます。
本記事の執筆時点(2026年8月)では、施行日はまだ決まっていません。改正法は2026年6月に成立・公布されましたが、実際に使えるようになる日は、今後政令で定められます。保管証書遺言は公布から3年以内に施行される予定ですが、具体的な日付は未定です。利用を検討する際は、その時点の最新情報をご確認ください。
「不要(廃止)」ではなく「任意化」です。改正後は、自筆証書遺言・秘密証書遺言・特別方式の遺言について、押印があってもなくても有効になります。押したい方は従来どおり押印してかまいません。なお、この押印の任意化も施行日はまだ決まっておらず、公布から1年以内に政令で定める日から施行される予定です。
いいえ。公正証書遺言は、令和5年の改正(公証制度のデジタル化に関する見直し)で既に手当てがされており、今回の押印任意化の対象には含まれていません。今回任意化されるのは、自筆証書遺言・秘密証書遺言・特別方式の遺言です。混同しやすい点なので注意してください。
その必要はありません。現行の方式にしたがって作られた遺言は、今後も有効です。今回の改正は既存の遺言を無効にするものではなく、将来「作り方の選択肢が増える」というものです。新しい方式が使えるようになった段階で、利便性を踏まえて選び直すかどうかを検討すれば十分です。内容面で気になる点があれば、方式の改正とは切り離して、早めに専門家に相談することをお勧めします。
加山綾一 弁護士(東京弁護士会)
加山綾一(弁護士)
東京弁護士会所属(登録番号39453)。複数社の顧問、社外役員等を務める傍ら、弁護士主導の相続サポートプラットフォームを運営。相続紛争・遺産分割の実務に携わる。相続診断士。

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参考条文・参考URL

  • 民法第967条(普通の方式による遺言の種類/改正後)
  • 民法第968条(自筆証書遺言/改正後)
  • 民法第968条の2(保管証書遺言の方式/新設)
  • 民法第968条の3(口がきけない者の特則/新設)
  • 民法第970条(秘密証書遺言/改正後)
  • 民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号。令和8年6月成立・公布。施行日は政令で定める日)
  • 法務省「民法等の一部を改正する法律(成年後見制度等の見直し)について」https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00410.html
  • 法務省「新旧対照条文」https://www.moj.go.jp/content/001465479.pdf
  • 法務省「改正の概要」https://www.moj.go.jp/content/001465481.pdf
  • 内閣官房・所有者不明土地等対策の推進のための関係閣僚会議 資料1-2「民法等の一部を改正する法律案(遺言制度の見直し関係)」(立法の背景・統計)https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/shoyushafumei/dai16/shiryo1-2.pdf
  • 法制審議会 民法(遺言関係)部会 部会資料3「遺言制度の見直しにおける論点の検討」https://www.moj.go.jp/content/001421063.pdf
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