配偶者居住権の活用と注意点—2020年新設制度を弁護士が解説
- 配偶者居住権は2020年4月施行の新制度。配偶者が自宅に住み続けながら、預貯金等の他の遺産も取得しやすくする仕組み(民法1028条)
- 配偶者短期居住権(民法1037条)は当然発生し最低6か月、長期の配偶者居住権は遺産分割・遺贈・審判で取得し原則終身(民法1030条)
- 譲渡できず(民法1032条第2項)、登記しなければ第三者に対抗できない(民法1031条)
- 配偶者居住権の評価額は「建物の所有権の評価額」より低く設定されるため、配偶者は預貯金等を多く取得できる
- 用法違反による消滅・配偶者の死亡による消滅など、終了事由には注意が必要
配偶者居住権とは——2020年新設の趣旨
配偶者居住権は、2018年成立・2020年4月1日施行の改正相続法によって新たに創設された権利です。被相続人が亡くなったときに配偶者が住んでいた建物について、配偶者が無償で使用・収益できる権利を遺産分割等で取得できる制度です。
なぜ新設されたのか
従来の遺産分割実務では、自宅不動産が遺産の中で大きな割合を占めるケースが多く、配偶者が自宅を相続するとそれだけで法定相続分を使い切ってしまい、生活資金となる預貯金をほとんど受け取れないという問題がありました。
たとえば、相続財産が自宅2,000万円・預貯金2,000万円の合計4,000万円で、相続人が配偶者と子1人の場合、法定相続分は各1/2(2,000万円)ずつです。配偶者が自宅を取得すると、預貯金は全額子に渡してしまい、配偶者は手元に現金が残らない——という事態が生じます。
配偶者居住権は、自宅の所有権そのものではなく「住む権利」だけを配偶者が取得できるようにすることで、自宅の評価額を「居住権部分」と「負担付き所有権部分」に分け、配偶者の取得額を抑える仕組みです。残った相続分の枠で預貯金等を取得しやすくなるため、配偶者の生活保障につながると期待されています。
配偶者居住権は、配偶者が住み続ける権利を確保しつつ、生活資金となる預貯金等の遺産も取得できるよう設計された制度です。「家か現金か」の二者択一を迫られていた従前の状況を改善することが趣旨です。
短期居住権と長期居住権の違い(民法1028条・1037条)
配偶者の居住を保護する権利は、長期と短期の二段構えになっています。それぞれ性質と発生原因が異なるため、整理して理解する必要があります。
| 配偶者居住権(長期) | 配偶者短期居住権 | |
|---|---|---|
| 根拠条文 | 民法1028条以下 | 民法1037条以下 |
| 発生原因 | 遺産分割・遺贈・死因贈与・家裁の審判 | 相続開始により当然に発生 |
| 存続期間 | 原則として配偶者の終身(別段の定めがあればそれによる) | 遺産分割により帰属確定の日または相続開始から6か月のいずれか遅い日まで等 |
| 登記 | できる(対抗要件) | できない |
| 遺産分割の対象 | 遺産分割の対象になる(評価額が遺産分割に反映される) | ならない(遺産分割と切り離して当然発生) |
| 主な目的 | 配偶者の長期的な居住保護 | 遺産分割協議が成立するまでの暫定的な居住保護 |
配偶者居住権(長期)の根拠条文
一 遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき。
二 配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき。」
配偶者短期居住権の根拠条文
一 居住建物について配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合 遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から六箇月を経過する日のいずれか遅い日
二 前号に掲げる場合以外の場合 第三項の申入れの日から六箇月を経過する日」
短期居住権は、相続開始によって自動的に発生し、最低でも6か月は配偶者の居住を保護します。これに対し長期の配偶者居住権は、遺産分割・遺贈等で「取得する」という積極的な手続きが必要です。両者を混同しないよう注意が必要です。
配偶者居住権の成立要件
長期の配偶者居住権が成立するためには、民法1028条第1項の要件をすべて満たす必要があります。
3つの基本要件
- 建物が被相続人の所有財産に属していたこと——居住建物が被相続人の名義であった必要があります。被相続人が配偶者以外の者と共有していた場合は、配偶者居住権は成立しません(民法1028条第1項ただし書)。
- 配偶者が相続開始の時に居住していたこと——配偶者が被相続人の死亡時にその建物に現実に住んでいたことが必要です。長期入院や介護施設入所中であっても、生活の本拠が当該建物にあったと評価できれば要件を満たし得るとされます。
- 取得原因があること——以下のいずれかが必要です。
- 遺産分割の協議または家裁の審判で配偶者居住権を取得すると定められた
- 遺言で配偶者居住権を遺贈された
- 死因贈与で配偶者居住権を贈与する旨の合意があった
家裁の審判で取得する場合の要件
協議で合意できない場合でも、家庭裁判所の審判によって配偶者居住権を取得できます。ただし、要件が限定されています。
一 共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき。
二 配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき(前号に掲げる場合を除く。)。」
第二号は、所有者となる相続人(子など)の不利益を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要と認められるときに限られています。誰でも申し出れば認められるわけではなく、相応の必要性が求められると考えられます。
被相続人と配偶者以外の第三者が建物を共有していた場合は、配偶者居住権は成立しません。たとえば、自宅を被相続人と長男が共有していたケースでは、長男の同意があっても配偶者居住権を設定できないことになります(民法1028条第1項ただし書)。共有の有無は登記事項証明書を確認しておきましょう。
配偶者居住権の評価方法(遺産分割への影響)
配偶者居住権は、遺産分割の場面で「いくらの財産を取得したか」を金銭評価する必要があります。配偶者居住権は終身の権利として価値を持つため、所有権よりは低く、しかし0円ではない金額で評価されます。
遺産分割と相続税で評価方法が異なる
配偶者居住権の評価には、大きく分けて2つの場面があります。
- 遺産分割における評価——民法上の遺産分割に用いる評価額は、当事者間の合意を前提に決定されます。実務上は、後述する相続税法上の評価額や、簡易な計算式(賃料相当額×存続年数を現価に引き直す方式等)を参考にしながら協議で決まることが多くあります。
- 相続税申告における評価——相続税法第23条の2が評価方法を定めています。建物の評価額から「負担付き所有権」の評価額を控除する形で計算され、配偶者の年齢・建物の耐用年数・存続期間等から算出される複雑な算式によります。
遺産分割の評価額と相続税申告の評価額は必ずしも一致しません。遺産分割の場面では、当事者の納得感のある評価額で合意することが現実的な解決につながります。
具体例で見る配偶者居住権のメリット
相続財産が自宅3,000万円・預貯金2,000万円の合計5,000万円、相続人が配偶者と子1人(法定相続分は各1/2)のケースを想定します。
| 従来(自宅を所有権で取得) | 配偶者居住権を活用 | |
|---|---|---|
| 配偶者の取得 | 自宅3,000万円のみ (法定相続分2,500万円を超過) |
配偶者居住権1,500万円+預貯金1,000万円=2,500万円 |
| 子の取得 | 預貯金2,000万円のみ (法定相続分2,500万円に不足) |
負担付き所有権1,500万円+預貯金1,000万円=2,500万円 |
| 配偶者の生活資金 | 手元に現金なし | 1,000万円の預貯金を確保 |
※上記は配偶者居住権の評価額を1,500万円と仮定した試算例です。実際の評価額は配偶者の年齢・建物の状況等により変動します。
配偶者居住権を活用すると、配偶者は引き続き自宅に住みながら預貯金1,000万円も取得でき、生活資金が確保されます。子は所有権を取得しますが、配偶者が住んでいる間は使用収益できないため、評価額は「負担付き所有権」として割り引かれます。
メリットとデメリット(活用する場面)
配偶者居住権のメリット
- 配偶者の住居が法的に守られる——所有権の移転ではないため、配偶者が亡くなるまで住み続けることが可能です。
- 預貯金等の生活資金を確保しやすい——自宅の所有権を取得するよりも評価額が低いため、配偶者の相続分の枠内で他の遺産も取得しやすくなります。
- 二次相続(配偶者の死亡)の際に課税されない——配偶者居住権は配偶者の死亡で消滅し、所有者(子など)が完全な所有権を回復します。この回復には相続税が原則として課されないと整理されており、二次相続対策として活用できる場面があります(個別の評価は税務専門家への確認が必要です)。
- 家族関係の悪化を防ぐ——「自宅を売って分ける」「配偶者に出ていってもらう」といった対立構造を回避できます。
配偶者居住権のデメリット・限界
- 譲渡できない——配偶者が施設入所等で家を出る場合でも、居住権を売却して資金化することはできません(民法1032条第2項)。
- 賃貸・改築には所有者の承諾が必要——配偶者が独断で他人に貸したり改築することはできません(民法1032条第3項)。
- 評価額の決め方が難しい——民法上の評価方法が条文上明確に定められておらず、当事者間の合意か、税法を参照した計算で決めることになります。
- 登記が必要——登記を怠ると、所有者が建物を第三者に売却した場合に対抗できません(民法1031条)。
- 所有者にとっては自由度が下がる——子が建物の所有権を取得しても、配偶者が亡くなるまで自由に処分・利用できません。
活用が向くケース
配偶者居住権は、次のような場面で特に活用が期待されます。
- 遺産の中で自宅の比重が大きく、配偶者が現金もある程度確保したい場合
- 子と配偶者の関係が悪くなく、配偶者の生活を支える方針で合意できる場合
- 配偶者が高齢で施設入所の予定がなく、当面自宅に住み続ける見込みがある場合
- 遺言で配偶者居住権を遺贈し、紛争を未然に防ぎたい場合
配偶者居住権は「使い勝手のよい万能の制度」ではありません。配偶者が高齢で将来施設入所する可能性が高い場合は、譲渡できないためにかえって不利になることもあります。一方、配偶者がしばらくは自宅に住み続けるが、預貯金が少なく生活費が心配というケースでは活用余地が大きい制度です。生前の段階から、家族構成・財産構成・配偶者の意向を踏まえて遺言で設定することが望ましいでしょう。
譲渡禁止・登記・終了事由(注意点)
譲渡禁止と用法遵守義務
配偶者居住権は配偶者の居住保護のための一身専属的な権利として設計されているため、譲渡が禁止されています。
3 配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、居住建物の改築若しくは増築をし、又は第三者に居住建物の使用若しくは収益をさせることができない。
4 配偶者が第一項又は前項の規定に違反した場合において、居住建物の所有者が相当の期間を定めてその是正の催告をし、その期間内に是正がされないときは、居住建物の所有者は、当該配偶者に対する意思表示によって配偶者居住権を消滅させることができる。」
配偶者は「従前の用法に従い、善良な管理者の注意」をもって建物を使用しなければなりません(同条第1項)。これに違反すると、所有者から催告のうえ消滅させられる可能性があります。
登記による対抗要件
配偶者居住権は登記によって第三者に対抗できる権利となります。
2 第六百五条の規定は配偶者居住権について、第六百五条の四の規定は配偶者居住権の設定の登記を備えた場合について準用する。」
所有者(子など)は配偶者に対して登記を備えさせる義務を負います。万が一、所有者が登記をしないまま建物を第三者に売却した場合、配偶者は登記なしには買主に居住権を主張できないことになります。実務上は、遺産分割協議の成立後、速やかに登記を申請することが重要です。
必要費・修繕の負担
居住建物の通常の必要費(固定資産税・小修繕費等)は配偶者が負担します(民法1034条第1項)。一方、特別な大規模修繕等は所有者の負担になり得ます(同条第2項・第583条第2項の準用)。
終了事由
配偶者居住権は次の事由によって終了します。
- 存続期間の満了——原則として配偶者の終身ですが、遺言や遺産分割協議で別段の期間を定めた場合はその期間の満了
- 配偶者の死亡——一身専属性により当然消滅
- 用法違反等による消滅の意思表示——所有者が催告のうえ消滅させた場合(民法1032条第4項)
- 居住建物の全部滅失——目的物の消滅により権利も消滅
- 配偶者と所有者の合意による消滅
- 配偶者が居住建物の所有権を取得した場合——所有権との混同により消滅(ただし民法1028条第2項の例外あり)
配偶者が亡くなった時点で居住権は消滅し、所有者(子など)が完全な所有権を回復します。配偶者居住権の存続期間中は、配偶者は譲渡できないため、施設入所等で家を出る場合の対応はあらかじめ協議しておく必要があります。
配偶者居住権の存続期間を「終身」以外にする場合、遺言や遺産分割協議書で明確に定める必要があります。存続期間の定めがない場合は終身となるため、有期にしたいときは「配偶者の死亡まで、または●年間のいずれか短い期間」のように明文化しましょう(民法1030条)。
よくある質問
Q:配偶者居住権はいつから施行された制度ですか?
2020年(令和2年)4月1日に施行されました。施行日以後に開始した相続から適用されるため、それより前に開始した相続には適用されません。これから遺言を作成する方や、生前対策を検討している方は活用を検討する余地があります。
Q:配偶者居住権と配偶者短期居住権の違いは何ですか?
配偶者短期居住権(民法1037条)は、相続開始により当然に発生し、最低でも相続開始から6か月間、配偶者の居住を保護する短期的な権利です。これに対して配偶者居住権(民法1028条)は、遺産分割・遺贈・死因贈与・家裁の審判によって取得し、原則として配偶者の終身まで居住を続けられる長期の権利です。短期居住権は当然発生・無償・無登記で機能し、長期居住権は能動的な取得手続きと登記が必要、という違いがあります。
Q:配偶者居住権は譲渡できますか?
譲渡できません。民法1032条第2項は配偶者居住権を譲渡することができないと明記しています。配偶者の居住を保護するための一身専属的な権利という設計です。同居人を住まわせたり、賃貸に出したりすることも、原則として所有者の承諾が必要となります(同条第3項)。
Q:配偶者居住権の登記は必要ですか?
登記をしなければ第三者に対抗できません。民法1031条第1項は、居住建物の所有者が配偶者に対して登記を備えさせる義務を負うと定めています。所有者が建物を第三者に売却した場合、登記がなければ買主に居住権を主張できないため、取得後速やかに登記を備えることが重要です。実務上は、遺産分割協議書の作成後、所有権移転登記と同時に配偶者居住権の設定登記を申請する流れが一般的です。
Q:配偶者居住権はどのような場合に終了しますか?
①配偶者の死亡、②存続期間の満了、③配偶者が用法違反等をして所有者から消滅の意思表示を受けた場合(民法1032条第4項)、④建物の全部滅失、⑤配偶者と所有者の合意による消滅などで終了します。配偶者の終身までと定めた場合、配偶者が亡くなった時点で居住権は消滅し、子などの所有者が完全な所有権を回復します。
配偶者居住権は、配偶者の生活保障と他の相続人への配慮を両立させる仕組みとして、相続実務における選択肢を確実に広げました。一方で、譲渡禁止・評価方法・登記の必要性など、活用にあたっては検討すべき論点が多くあります。生前から「配偶者にどう住み続けてもらうか・他の財産をどう分けるか」をセットで設計し、必要であれば遺言で配偶者居住権の遺贈を組み込んでおくことで、相続後の紛争を未然に防げる場面が増えます。配偶者居住権の活用と、配偶者の税額軽減(税法)の組み合わせを含めて、弁護士・税理士と一緒に検討することをお勧めします。
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参考条文・参考文献
- 堂薗幹一郎・神吉康二編著『概説 改正相続法【第2版】』(金融財政事情研究会、2021年)
- 堂薗幹一郎ほか『逐条解説 改正相続法』(商事法務、2024年)
- 堂薗幹一郎・野口宣大編著『一問一答 新しい相続法【第2版】』(商事法務、2020年)
- 民法第千二十八条(配偶者居住権)
- 民法第千二十九条(審判による配偶者居住権の取得)
- 民法第千三十条(配偶者居住権の存続期間)
- 民法第千三十一条(配偶者居住権の登記等)
- 民法第千三十二条(配偶者による使用及び収益)
- 民法第千三十三条(居住建物の修繕等)
- 民法第千三十四条(居住建物の費用の負担)
- 民法第千三十五条(居住建物の返還等)
- 民法第千三十七条(配偶者短期居住権)
- 相続税法第二十三条の二(配偶者居住権等の評価)
- 法務省「配偶者居住権について」https://www.moj.go.jp/MINJI/minji07_00222.html

短期居住権は「最低6か月の猶予」を保障するものなので、相続開始直後に他の相続人から退去を迫られても法律上は応じる必要がありません。遺産分割協議をどう進めるかを腰を据えて検討する時間が確保される、というのが実務的な意義です。