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コラム

配偶者の税額軽減と遺産分割——未分割では使えない落とし穴と3年以内分割の重要性【弁護士解説】

配偶者・家族・相続税のイメージ
「配偶者には相続税がかからない」と聞いたことがある方は多いかもしれません。しかし正確には、配偶者の税額軽減(相続税法第19条の2)が適用されるためには、遺産分割が成立し、配偶者が取得した財産が確定していることが前提です。遺産が未分割のまま申告期限を迎えると、この強力な特例は原則として使えません。本記事では、条文の構造を丁寧に追いながら、実務上の落とし穴と救済手続きを解説します。
📋 この記事のポイント
  • 配偶者の税額軽減は「1億6,000万円または法定相続分の多い方まで」相続税がかからない強力な特例(相続税法第19条の2第1項)
  • 遺産が未分割の状態では原則として適用できない(相続税法第19条の2第2項・第55条)
  • 申告期限から3年以内に分割が成立すれば、更正の請求で特例を適用できる(第32条第1項第一号・第八号)

配偶者の税額軽減とは——強力な相続税の特例

配偶者の税額軽減とは、被相続人の配偶者が相続または遺贈によって財産を取得した場合に、一定額までは相続税がかからないとする制度です。相続税法第19条の2第1項がその根拠条文です。

相続税法第十九条の二第一項(配偶者に対する相続税額の軽減)
「被相続人の配偶者が当該被相続人からの相続又は遺贈により財産を取得した場合には、当該配偶者については、第一号に掲げる金額から第二号に掲げる金額を控除した残額があるときは、当該残額をもつてその納付すべき相続税額とし、第一号に掲げる金額が第二号に掲げる金額以下であるときは、その納付すべき相続税額は、ないものとする。
一 当該配偶者につき第十五条から第十七条まで及び前条の規定により算出した金額
二 当該相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の総額に、次に掲げる金額のうちいずれか少ない金額が当該相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額のうちに占める割合を乗じて算出した金額
イ 当該相続又は遺贈により財産を取得した全ての者に係る相続税の課税価格の合計額に民法第九百条(法定相続分)の規定による当該配偶者の相続分・・・に相当する金額(当該金額が一億六千万円に満たない場合には、一億六千万円)
ロ 当該相続又は遺贈により財産を取得した配偶者に係る相続税の課税価格に相当する金額」

条文を整理すると、配偶者が実際に取得した財産(ロ)と、法定相続分相当額または1億6,000万円のいずれか大きい方(イ)を比較し、取得した財産がその上限以下であれば相続税がゼロになります。

具体例で確認する

相続財産が3億円で、相続人が配偶者と子2人の場合を考えます。

  • 配偶者の法定相続分:1/2(1億5,000万円)
  • 「1億6,000万円」のほうが1億5,000万円より大きいため、配偶者が1億6,000万円まで取得しても相続税はゼロ
  • 配偶者が法定相続分(1億5,000万円)を超えて2億円を取得した場合でも、取得額が法定相続分相当額の範囲内であれば非課税(この場合、2億円 ÷ 3億円 × 相続税総額で計算)

この特例が使えるかどうかで、相続税の総額が大きく変わります。特に相続財産が高額の場合、配偶者分の相続税がゼロになるか数千万円の納税が生じるかという差になることもあります。

未分割では使えない——第55条との連動

配偶者の税額軽減を計算するには、「配偶者が実際に取得した財産がいくらか」が確定している必要があります。しかし、申告期限までに遺産分割協議がまとまらない場合、各相続人の取得額は確定していません。

このとき、相続税法第55条は次のように定めています。

相続税法第五十五条(未分割遺産に対する課税)
「相続若しくは包括遺贈により取得した財産に係る相続税について申告書を提出する場合又は当該財産に係る相続税について更正若しくは決定をする場合において、当該相続又は包括遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によつてまだ分割されていないときは、その分割されていない財産については、各共同相続人又は包括受遺者が民法(第九百四条の二(寄与分)を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従つて当該財産を取得したものとしてその課税価格を計算するものとする。・・・」

未分割の状態では「法定相続分で取得したものとみなして計算する」というルールです。つまり、配偶者が実際にどれだけ取得するかは分からないまま、形式的に法定相続分で按分した額で申告することになります。

そして、第19条の2第2項は、未分割財産を配偶者の税額軽減の計算に含めないと定めています。

相続税法第十九条の二第二項(配偶者に対する相続税額の軽減)
「前項の相続又は遺贈に係る第二十七条の規定による申告書の提出期限(以下この項において「申告期限」という。)までに、当該相続又は遺贈により取得した財産の全部又は一部が共同相続人又は包括受遺者によつてまだ分割されていない場合における前項の規定の適用については、その分割されていない財産は、同項第二号ロの課税価格の計算の基礎とされる財産に含まれないものとする。ただし、その分割されていない財産が申告期限から三年以内(当該期間が経過するまでの間に当該財産が分割されなかつたことにつき、当該相続又は遺贈に関し訴えの提起がされたことその他の政令で定めるやむを得ない事情がある場合において、政令で定めるところにより納税地の所轄税務署長の承認を受けたときは、当該財産の分割ができることとなつた日として政令で定める日の翌日から四月以内)に分割された場合には、その分割された財産については、この限りでない。」

第19条の2第2項の本文が原則(未分割なら特例不可)、ただし書が例外(3年以内に分割すれば後から使える)という構造です。

実務でよくある誤解

⚠️ 注意
「配偶者に全部渡せばいいから、とりあえず申告すれば大丈夫」という考えは危険です。配偶者に全額相続させる意思があっても、遺産分割協議書が作成されておらず取得が未確定の状態では、特例の計算基礎となる「配偶者が取得した財産」がゼロとみなされます。申告期限までに分割を成立させることが大前提です。

ただし、申告期限内に「申告期限後3年以内の分割見込書」を税務署に提出しておけば、申告期限から3年以内に分割が成立した場合に限り、後から特例を適用できる道が残ります。この「見込書」の提出を忘れると、救済の機会が大きく制限されます。

⚖️ 弁護士コメント/加山綾一(東京弁護士会・登録番号39453)

「配偶者には相続税がかからないと聞いた」という誤解を持つご相談者がいます。正確には、遺産分割が成立し、分割された財産を配偶者が取得したことが明確になった場合に特例が適用されます。未分割のままでは「配偶者が取得した財産がいくらか」が確定していないため、特例を計算できないのです。

3年以内に分割すれば更正の請求で取り戻せる(第32条)

申告期限後3年以内に遺産分割が成立した場合、更正の請求によって配偶者の税額軽減を事後的に適用し、払いすぎた相続税を取り戻すことができます。その根拠が相続税法第32条第1項です。

相続税法第三十二条第一項(更正の請求の特則)第一号・第八号
「相続税又は贈与税について申告書を提出した者又は決定を受けた者は、次の各号のいずれかに該当する事由により当該申告又は決定に係る課税価格及び相続税額又は贈与税額・・・が過大となつたときは、当該各号に規定する事由が生じたことを知つた日の翌日から四月以内に限り、納税地の所轄税務署長に対し、その課税価格及び相続税額又は贈与税額につき更正の請求・・・をすることができる。
一 第五十五条の規定により分割されていない財産について民法(第九百四条の二(寄与分)を除く。)の規定による相続分又は包括遺贈の割合に従つて課税価格が計算されていた場合において、その後当該財産の分割が行われ、共同相続人又は包括受遺者が当該分割により取得した財産に係る課税価格が当該相続分又は包括遺贈の割合に従つて計算された課税価格と異なることとなつたこと。
・・・
八 第十九条の二第二項ただし書の規定に該当したことにより、同項の分割が行われた時以後において同条第一項の規定を適用して計算した相続税額がその時前において同項の規定を適用して計算した相続税額と異なることとなつたこと(第一号に該当する場合を除く。)。」

更正の請求の手続きの流れ

  1. 申告期限内に「申告期限後3年以内の分割見込書」を税務署に提出する(これが後の救済の前提)
  2. 申告期限から3年以内に遺産分割協議を成立させる
  3. 分割が成立したことを知った日の翌日から4ヶ月以内に更正の請求を行う
  4. 配偶者の税額軽減を適用して計算し直し、払いすぎた相続税の還付を受ける

訴訟等のやむを得ない事情により3年以内に分割できなかった場合は、税務署長の承認を受けることで期限が延長され、「分割ができることとなった日の翌日から4ヶ月以内」に更正の請求が可能になります(第19条の2第2項ただし書)。

二次相続の落とし穴——配偶者に多く相続させればいいわけではない

配偶者の税額軽減が使えると知ると、「配偶者に全部相続させれば相続税がゼロになる」と考える方がいます。しかし、これは一次相続(被相続人から配偶者への相続)だけを見た視点です。二次相続(配偶者から子への相続)まで含めたトータルの税負担を考えると、必ずしも有利とは言えません。

シミュレーション例

一次相続(夫→妻・子) 二次相続(妻→子)
相続財産 3億円 妻の固有財産+一次相続取得分
配偶者の税額軽減 適用可能(上限1億6,000万円または法定相続分) 使えない(妻はすでに死亡)
課税リスク 軽減される 軽減なし・全額課税

一次相続で配偶者に多くの財産を集中させると、配偶者の手元に残る財産が増えます。その配偶者が亡くなったとき(二次相続)、配偶者の税額軽減は使えないため、大きな相続税負担が子に生じる可能性があります。

一次相続・二次相続を合わせたトータルの税負担をシミュレーションした上で、どの割合で遺産を分配するかを決めることが重要です。これは税理士の専門領域ですが、遺産分割の方針決定には弁護士が関与する場面も多くあります。弁護士と税理士が連携してシミュレーションを行うことが、相続税の最適化につながります。

⚖️ 弁護士コメント/加山綾一(東京弁護士会・登録番号39453)

一次相続で配偶者に全額相続させると一時的な税負担は軽くなりますが、二次相続まで考えると必ずしも得策ではないケースがあります。相続税の最適化は一次と二次をセットで考える必要があり、弁護士と税理士が連携してシミュレーションすることが重要です。

加山綾一(弁護士)
東京弁護士会所属(登録番号39453)。複数社の顧問、社外役員等を務める傍ら、弁護士主導の相続サポートプラットフォームを運営。相続紛争・遺産分割の実務に携わる。

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参考条文・資料

  • 相続税法第十九条の二(配偶者に対する相続税額の軽減)
  • 相続税法第三十二条第一項(更正の請求の特則)
  • 相続税法第五十五条(未分割遺産に対する課税)
  • 国税庁「配偶者の税額の軽減」https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4158.htm
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