遺言書の形式的な不備で無効になる
——方式要件を4つの最高裁判例で徹底解説【弁護士解説】
- 遺言が「厳格な要式行為」である理由と、方式違背の法的効果
- 自筆証書遺言の4要件(全文自書・日付・氏名・押印)と各要件の落とし穴
- 「○月吉日」の遺言が無効とされた理由(最判S54.5.31)
- 日付の誤記は必ず無効になるのか(最判S52.11.21)
- 指印(拇印)でも有効か(最判H1.2.16)
- 内妻の「添え手」で無効とされた事例(東京地裁H18.12.26)
- 公正証書遺言でも「口授」不備で無効になるケース
- 加除変更の方式と訂正印の問題
遺言は「厳格な要式行為」——なぜ形式が重要なのか
遺言は、遺言者の死後に初めてその効力が生じます。遺言者はすでに亡くなっており、「本当にそういう意思だったのか」を直接確かめることができません。また、親族間の利害関係を背景に、遺言書が偽造・変造されるリスクもあります。
こうしたリスクに対応するため、民法は遺言を「厳格な要式行為」と定め、一定の方式(形式的な要件)を満たさない遺言は、遺言者の真意がいかに明確であっても無効としています。これが「方式違背」による遺言無効です。
遺言の方式違背は、「内容が不当」という実体的な問題ではなく、「書き方・手続きの不備」という形式的な問題です。遺言者本人が書いた内容であっても、形式を一つ欠けば無効になります。
方式の種類は遺言の種類によって異なりますが、最も身近な自筆証書遺言と公正証書遺言に絞って解説します。
自筆証書遺言の4要件(民法968条)
自筆証書遺言の成立要件は4つです。
遺言書の全文を遺言者本人が手書きする必要があります。ワープロ・パソコン・代筆は無効。遺産目録はパソコン作成が可(2019年改正)。
「昭和〇〇年〇月〇日」等、暦上の特定の日を示す記載が必要。「吉日」は無効(最判S54.5.31)。「還暦の日」等は状況次第。
遺言者が自らの氏名を手書きします。戸籍上の氏名でなくとも通称・雅号等で本人特定ができれば有効。
実印でなく認印でも有効。指印(拇印)でも足ります(最判H1.2.16)。封筒封じ目への押印も有効(最判H6.6.24)。
以下では、実務上特に問題となる要件①(全文自書)と要件②(日付)を中心に、最高裁判例を交えて詳しく解説します。
要件①「全文の自書」——添え手で無効になった事例
「自書」の本質と添え手の問題
「自書」とは、遺言者が自らの手で文字を筆記することを意味します。ワープロ・パソコン・タイプライターで作成したものは自書ではなく無効です(2019年改正で財産目録のみパソコン作成が認められましたが、本文は今も手書きが必要です)。
実務上問題になるのが「添え手」です。高齢や疾患で自力での筆記が困難な遺言者が、家族・介護者などに手を添えてもらいながら書いた場合、その遺言書は有効といえるのでしょうか。
最高裁判所は昭和62年10月8日判決で、添え手による自筆証書遺言が有効と認められるための3要件を示しました。
① 遺言者が証書作成時に自書能力を有すること
② 他人の添え手が、筆記を容易にするための支えにとどまること(単に始筆・改行・字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を正しい位置に導く程度)、または遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされていること
③ 添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが筆跡上判定できること
3要件をすべて満たす場合に限り、添え手を受けた遺言書を自書による遺言と認める。
この基準は非常に厳格です。実際に、この基準を満たさないとして遺言が無効と判断された裁判例があります。
裁判例:右片麻痺の遺言者に内妻が添え手→無効
東京地方裁判所 平成18年12月26日判決(判例タイムズ1255号307頁)遺言無効確認事件
事案の概要
遺言者Aは平成14年10月に多発性脳梗塞を発症し、右片麻痺・高次脳機能障害等の後遺症を抱えた状態で入退院を繰り返していました。遺言書は平成15年10月7日に作成されましたが、その際に内妻(Y)が「字が曲がらないように手を添えた」と主張しました。
裁判所の判断
裁判所は、最判S62.10.8の3要件を検討した結果、(1)Aの右片麻痺等の病状から「自書能力を有していたとは断じ難い」、(2)Yの添え手は単に筆記を容易にする支えにとどまるものではなかった、(3)筆跡からYの意思が介入した形跡を認められないとは言えない——の3点を理由に、本件遺言書はAの「自書」によるものとは認められないと判断。民法968条1項の方式要件を欠く遺言書として無効と結論づけました。
要件②「日付の記載」——「吉日」は無効、誤記は有効になる場合も
日付の記載が必要な理由は3つあります。①遺言能力の有無を確定する基準となること、②遺言の種類(自筆・公正証書等)選択の基準となること、③複数の遺言書がある場合の先後関係を決定する基準となることです。
日付の記載は「暦上の特定の日」を示すものでなければなりません。この観点から、最高裁は2つの重要な判断を示しています。
裁判例①:「○月吉日」は日付の記載を欠く——最判S54.5.31
判示内容(最高裁判所民事判例集33巻4号445頁、判例タイムズ389号69頁)
自筆遺言証書の日付として「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されている場合、これは暦上の特定の日を表示するものとはいえない。したがって、このような遺言書は日付の記載を欠くものとして無効である。
理由
「吉日」は「縁起のいい日」を意味し、特定の日付を示すものではありません。いつ書いたのかが確定できなければ、日付を要件とした趣旨(遺言能力の確定・前後関係の決定)が達成されません。遺言者の本来の意思に反する結論であっても、厳格な要式性の観点から無効とされます。
裁判例②:日付の「誤記」は一定の条件で有効——最判S52.11.21
判示内容(家庭裁判月報30巻4号91頁、金融・商事判例538号16頁)
自筆遺言証書に記載された日付が真実の作成日付と相違していても、(1)その相違が錯誤(誤記)によるものであること、かつ(2)真実の作成日が遺言証書の記載その他から容易に判明する場合には、その日付の誤りは遺言を無効ならしめるものではない。
重要な限定条件
「故意による不実記載」(意図的に異なる日付を書いた場合)は無効です。また、真実の作成日が「容易に判明」しなければなりません。単に「誰かが聞けば確認できる」程度では足りず、証書の記載や他の客観的事実から明確に判明することが必要とされています。
日付に関する有効・無効の判断は以下の表のようにまとめられます。
| 日付の記載例 | 有効・無効の判断 |
|---|---|
| 「令和○年○月○日」(具体的な日付) | 有効基本形 |
| 「昭和〇〇年〇月吉日」 | 無効暦上の特定日でない(最判S54.5.31) |
| 年月のみで日の記載がない(「令和○年○月」) | 無効判例・通説 |
| 日付の錯誤による誤記(例:「6月」と書くべきところを「7月」) | 条件付き有効真実の日が容易に判明する場合(最判S52.11.21) |
| 「還暦の日」「敬老の日」等の記念日による表現 | 条件付き有効暦上の日に特定可能であれば(通説) |
| 日付スタンプを使用した場合 | 無効自書でないため |
| 故意に異なる日付を記載した場合 | 無効不実記載 |
要件④「押印」——指印(拇印)でも有効か
自筆証書遺言の押印要件について、実印でなければならないのか、拇印(指印)でも足りるのかが問題になることがあります。
判示内容(最高裁判所民事判例集43巻2号45頁、判例タイムズ694号82頁、判例時報1306号3頁)
自筆証書遺言の方式として要求される押印は、遺言者が印章に代えて拇指その他の指頭に墨・朱肉等をつけて押捺すること(指印)をもって足りる。押印の趣旨は、遺言者の同一性・真意の確保と文書完成の担保にあるところ、指印をもって足りると解しても、これらの趣旨に欠けるところがないからである。
付随する判示:訂正印を欠く抹消箇所の効力
遺言書中に訂正印のない抹消箇所があっても、それが遺言書全体の効力に影響を及ぼさないとした原審の判断も維持した(訂正印を欠く変更は変更として無効だが、変更前の記載に戻るだけで遺言書全体が無効になるわけではない)。
最判H1.2.16は指印でも有効と判断しましたが、指紋照合なしには「遺言者本人の指印か」を確認できません。争いになった場合に証明が困難です。特段の理由がない限り、認印以上の印鑑を使用することを強くお勧めします。
加除変更の方式(民法968条2項)——訂正印の問題
遺言書を書いた後に内容を修正したい場合にも、方式があります。これを無視した変更は「変更なし」として扱われます。
4つの要件(①場所の指示、②変更した旨の付記、③署名、④変更箇所への押印)をすべて満たさない変更は効力が生じません。つまり、変更前の記載に戻ります。
注意点:
- 訂正印だけを押しても、②「変更した旨の付記」と③「署名」がなければ無効
- 変更部分が「無効」になるだけで、遺言書全体が無効になるわけではない(最判H1.2.16)
- 変更前の記載が判読不能なほど抹消されてしまった場合は、日付のない遺言と同様に扱われ無効になるリスクがある
遺言書を修正したいときは、加除変更の方式に従うより、新たに遺言書を作り直す方が安全です。後の日付の遺言が前の日付の遺言に優先します(民法1023条)。
公正証書遺言でも方式違背で無効になる——「口授」と「読み聞かせ」
公正証書遺言は公証人が関与するため、自筆証書遺言と比べて方式違背のリスクは低いとされています。しかし、公正証書遺言にも方式があり、これが満たされない場合は無効となります。
一 二人以上の証人の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口授を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、これに署名し、印を押すこと。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作られたものであることを付記して、これに署名し、印を押すこと。
実務上最も問題になるのは、「口授」(2号)の要件です。遺言者が遺言の趣旨を「口頭で」公証人に伝える必要があるところ、高齢・病気等により発話が困難な状況で作成される場合、この要件が争われやすくなります。
「はい」しか言えなかった遺言者——口授要件不充足の事例
実務マニュアル(中根誠著『遺言無効紛争事件実務マニュアル』)が紹介する東京地裁平成11年9月16日判決(判例タイムズ1023号)では、次のような事案で公正証書遺言が無効とされました。
事案の概要
遺言者が2年前に弁護士に相談して作成していた遺言案をもとに、公証人が冒頭から一事項ずつ読み上げました。ところが遺言者は、各項目に対して「はい」以外の言葉を発することができませんでした。公証人自身も、遺言者は遺言書を作成できる状況にないと考えていたとされました。
裁判所の判断
(1)遺言者に遺言能力がなかったとして無効。(2)仮に遺言能力があったとしても、「はい」と答えるのみでは遺言の趣旨を「口授」したとはいえず、口授の要件を満たさないとして、公正証書遺言を無効と判断した。
「公正証書遺言なら安全」という言葉をよく聞きますが、この事案はそれが必ずしも正しくないことを示しています。公証人は法律のプロですが、遺言者の状態によっては要件充足が困難なケースもあります。公証実務では、遺言能力や口授の充足に疑義がある場合、公証人が医師の診断書提出を求めたり記録を残したりします(法務省通達)。しかし、それでも事後に争われるケースは存在します。
遺言者の状態が芳しくない場合、公正証書遺言の作成に際して事前に弁護士が介入し、口授の内容を整理・準備しておくことが、後の紛争予防として有効です。
共同遺言の禁止(民法975条)——夫婦で一緒に書いてはいけない
方式の問題として忘れてはならないのが「共同遺言の禁止」です。
夫婦が同一の用紙に「夫と妻の共同の遺言」として書いた場合、その遺言書全体が無効となります。理由は、遺言は遺言者が自由にいつでも撤回できるもの(民法1022条)であるべきところ、共同遺言では一方が単独で撤回することが困難になり、遺言の自由が害されるためです。
ただし、物理的に切り離しが可能な複数枚の遺言書が合綴されている場合は、共同遺言には当たらないとされています(最判H5.10.19)。外形的に「同一の証書」かどうかが判断のポイントです。
方式違背を防ぐための実務チェックリスト
自筆証書遺言を作成する場合
- 遺言書の全文(財産目録以外)を、遺言者本人が一字一句手書きしているか
- ワープロ・パソコン部分が本文に混入していないか(財産目録の別紙はパソコン可)
- 「令和〇年〇月〇日」のように、暦上の具体的な日付が記載されているか
- 遺言者本人が氏名を手書きしているか
- 認印以上の押印があるか(指印は避けることを推奨)
- 加除変更がある場合、968条2項の4要件(場所の指示・付記・署名・押印)をすべて満たしているか
- 他の家族・遺言者の遺言と同一用紙になっていないか(共同遺言の禁止)
- 法務局(遺言書保管所)への保管申請を検討したか(すり替え・改ざん防止)
公正証書遺言を作成する場合
- 証人2名が適格者か(未成年者・推定相続人・受遺者・公証人の四親等内の親族等は不可)
- 遺言者が遺言の趣旨を自分の言葉で口授できる状態にあるか
- 遺言者の状態が芳しくない場合、事前に弁護士・医師に相談しているか
- 公正証書の読み聞かせを、遺言者・証人全員が十分に確認したか
- 署名・押印が完了しているか
「この遺言書は有効なのか」——早めの確認が紛争を防ぎます
方式の問題は、遺言者が亡くなった後では取り返しがつきません。
今ある遺言書の有効性確認・新たな遺言書の作成は、まず弁護士にご相談ください。
引用裁判例・参考文献
- 最高裁判所第二小法廷 昭和52年11月21日判決(家庭裁判月報30巻4号91頁、金融・商事判例538号16頁)遺言無効確認請求事件
- 最高裁判所第一小法廷 昭和54年5月31日判決(最高裁判所民事判例集33巻4号445頁、判例タイムズ389号69頁、判例時報930号64頁)遺言無効確認請求事件
- 最高裁判所第一小法廷 平成元年2月16日判決(最高裁判所民事判例集43巻2号45頁、判例タイムズ694号82頁、判例時報1306号3頁)遺言無効確認請求事件
- 最高裁判所第一小法廷 昭和62年10月8日判決(添え手の3要件)遺言無効確認請求事件
- 東京地方裁判所民事第23部 平成18年12月26日判決(判例タイムズ1255号307頁)遺言無効確認請求事件
- 東京地方裁判所 平成11年9月16日判決(判例タイムズ1023号)遺言無効確認請求事件
- 中根誠著『遺言無効紛争事件実務マニュアル』(第2章 遺言の無効原因・方式違背)
- 久貴忠彦・泉久雄「新版注釈民法(28)相続(3)」p.88〜107(自筆証書遺言・民法968条の解説)
▶ 遺言無効の3大争点——関連コラム
この事案では、内妻は善意で手を添えたのでしょうが、結果として遺言が無効になりました。「手を添えた」という事実があるだけで自書性が争われ、本人が亡くなった後に立証できなくなります。高齢や疾患で自書が困難な状況であれば、自筆証書遺言にこだわらず、最初から公正証書遺言を選択すべきです。
添え手が許容される最判S62.10.8の3要件は、実務上ほとんどの事案で充足が難しいと考えてください。「動画を撮っておけばよかった」という声も聞きますが、動画があれば添え手の態様が明確になり、かえって不利になる場合もあります。