全財産を一人に残す遺言書の書き方
—遺留分との関係・例文・注意点を弁護士が解説—【弁護士解説】
- 全財産を一人に渡す遺言は民法964条・902条に基づき有効
- 遺留分(民法1042条)を持つ相続人がいる場合は、侵害額請求(民法1046条)を受ける可能性がある
- 兄弟姉妹には遺留分がないため、子がなく親も先に死亡している場合は遺留分問題が生じない
- 遺言書には「相続させる」か「遺贈する」かの選択があり、目的に応じて使い分ける必要がある
- 遺留分侵害額請求への備えとして付言事項・生命保険の活用が実務的に有効
全財産を一人に渡す遺言は法律上書けるか(民法964条・902条)
まず結論を示します。全財産を特定の一人に渡す遺言書は、法律上問題なく有効です。
民法は「遺言の自由」を原則としており、遺言者は自分の財産を誰に・どのような割合で渡すかを自由に決めることができます。法定相続分(民法900条)はあくまで遺言がない場合の目安であり、遺言によって変更できます。
民法964条は、財産の「全部」を処分することを明示しており、全財産を一人に渡す遺言を認めています。また民法902条は、法定相続分(民法900条・901条)を遺言で変更できると定めており、相続人の一人に100%の相続分を指定することも可能です。
なお、永石一郎ほか『〔改訂版〕ケース別 遺産分割協議書作成マニュアル』(2020年) p.43 では、遺贈とは遺言によって自らの財産を無償で他人(受遺者)に与えることであり、遺留分制度による制限が存在するものの、遺贈自体は遺言者の自由な意思に基づく行為であることが説明されています。
遺言書に書かれた相続指定は法定相続分より優先されます。「法定相続分に従って相続する」のは遺言がなかった場合の話であり、遺言があればその内容が原則として効力を持ちます。
遺留分とは——誰が・いくら持っているか(民法1042条)
全財産を一人に渡す遺言が有効であるとしても、遺留分制度との関係で注意が必要です。
遺留分とは、特定の相続人(配偶者・子・直系尊属)が法律上最低限取得することが保障されている財産の価額割合のことです(民法1042条)。遺言によって遺留分を侵害することはできないわけではありませんが、侵害された相続人は金銭的な請求権を行使することができます。
一 直系尊属のみが相続人である場合 三分の一
二 前号に掲げる場合以外の場合 二分の一
2 相続人が数人ある場合には、前項各号に定める割合は、これらに第九百条及び第九百一条の規定により算定したその各自の相続分を乗じた割合とする。」
遺留分権利者の範囲
遺留分を持つのは「兄弟姉妹以外の相続人」です(民法1042条)。具体的には次のとおりです。
| 相続人の構成 | 総体的遺留分 | 各自の個別遺留分の例 |
|---|---|---|
| 配偶者のみ(子・直系尊属なし) | 相続財産の1/2 | 配偶者:1/2 |
| 配偶者 + 子2人 | 相続財産の1/2 | 配偶者:1/4 / 子各人:1/8 |
| 子のみ(配偶者なし) | 相続財産の1/2 | 子が2人なら各人:1/4 |
| 直系尊属のみ(子・配偶者なし) | 相続財産の1/3 | 父母2人なら各人:1/6 |
| 兄弟姉妹のみ(子・配偶者・直系尊属なし) | なし(遺留分なし) | — |
重要:兄弟姉妹には遺留分がありません(民法1042条)。子どもがなく、両親も先に亡くなっており、相続人が配偶者と兄弟姉妹だけである場合、全財産を配偶者に渡す遺言をしても、兄弟姉妹から遺留分侵害額請求をされることはありません。
遺留分を侵害する遺言でも有効——ただし侵害額請求が来る(民法1046条・1048条)
遺留分を侵害する遺言は無効になるのでしょうか。答えは「いいえ」です。遺言自体の効力は維持されます。
平成30年(2018年)の相続法改正以前は、遺留分を侵害された相続人は遺贈・贈与の効力を一部無効にして現物を取り戻す「遺留分減殺請求権」を持っていました。しかし改正後は「遺留分侵害額請求権」に変わり、遺贈・贈与の効力はそのままで、侵害額に相当する金銭の支払を請求する権利へと変わりました。
この改正は、特に事業承継の場面で重要な意味を持ちます。後継者に会社の株式をすべて遺言で渡したとしても、その効力は維持されます(ほかの相続人からは現金での支払を求められることがあっても、株式の取り戻しは原則として求められません)。堂薗幹一郎ほか『逐条解説 改正相続法』(商事法務、2024年)は、金銭債権化によって「事業承継の円滑化」が図られた点を立法趣旨の核心として説明しています。
遺留分侵害額請求の時効
遺留分侵害額請求権には時効があります(民法1048条)。
- 消滅時効(1年):相続の開始および遺留分侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年
- 除斥期間(10年):相続開始から10年(知不知を問わず消滅)
相続人間の関係が良好で請求しないまま10年が過ぎれば、遺留分侵害額請求権は消滅します。付言事項(後述)などで相続人の納得を得られれば、現実には請求されないケースも多くあります。
相続開始前10年間に相続人に行った「婚姻・養子縁組のため、または生計の資本として」の贈与は、遺留分算定基礎財産に加算されます(民法1044条3項)。相続人への生前贈与を多額に行った場合でも、遺留分の問題が消えるわけではない点に注意が必要です。永石一郎ほか『〔改訂版〕ケース別 遺産分割協議書作成マニュアル』(2020年) p.227 でも、遺留分侵害額請求権の行使を確認する際には、過去の贈与を含めた算定基礎財産の確認が重要であることが解説されています。
全財産を一人に渡す遺言書の書き方——自筆証書遺言の4要件(民法968条)
遺言書には自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言の3種類があります(民法967条)。ここでは自分で書く自筆証書遺言の書き方を解説します。
自筆証書遺言の4要件
本文のすべてを遺言者本人が手書きしなければなりません(久貴忠彦・泉久雄『新版注釈民法(28)』p.88)。パソコンで打ち出したものや他人に代筆させたものは無効です。なお2019年の改正により、財産目録(不動産の登記事項証明書や銀行通帳のコピー等)については自書でなくてもよくなりましたが、本文自体は必ず手書きが必要です。
年・月・日を正確に記載します。「〇〇年〇月吉日」のように日が特定できない記載は無効とされています(最判昭和54年5月31日)。手帳などに書いた後日付を入れた場合でも、日付記載日に成立した遺言として有効です。
戸籍上の氏名と一致していなくても、通称・ペンネーム等でも本人を特定できれば有効とされています。署名の場所に制限はありませんが、通常は本文末尾に記載します。
実印である必要はなく、認印でも有効です。拇印(指印)でも有効とされています(最判平成元年2月16日)。封筒の封じ目への押印でも足りるとされた判例もあります(最判平成6年6月24日)。
「相続させる」と「遺贈する」の使い分け
遺言書では「相続させる」と「遺贈する」の2通りの文言があります。相続人(配偶者・子・直系尊属・兄弟姉妹)に渡す場合は「相続させる」が一般的です。「相続させる」旨の遺言は特定財産承継遺言と呼ばれ、遺言者の死亡と同時に当然に相続人に財産が帰属し、不動産の登記手続きも相続人単独でできます。
これに対し、相続人でない人(親族外の介護者など)に渡す場合は「遺贈する」を使います。受遺者が相続人でない場合、不動産の移転登記には相続人全員の関与が必要な場合があるなど、手続きが複雑になることがあります。
遺言書の例文——全財産を配偶者に残す自筆証書遺言
以下は、全財産を配偶者に相続させる自筆証書遺言の例文です。実際に作成する際は、具体的な財産の特定(不動産の所在地・地番、預貯金の金融機関名・口座番号等)を詳細に記載することが重要です。
○○へ
長年にわたり支えてくれてありがとう。子どもたちが巣立ち、二人で過ごしてきた時間を思うと、全財産をあなたに託すことが最善と確信しています。子どもたちもきっとわかってくれると信じています。
東京都○○区○○○丁目○番○号
○○○○ ㊞(自ら押印)
上記例文のポイントは以下のとおりです。
- 「一切の財産」という包括表現:遺言作成時に把握していない財産も含めて渡すことができる
- 「相続させる」という文言:妻は相続人であるため、遺言執行者なしでも単独で登記手続きができる(遺言執行者を指定しておくとさらにスムーズ)
- 付言事項の記載:法的効力はないが、遺留分侵害額請求を抑止する心理的・感情的効果が期待できる
- 遺言執行者の指定:妻自身を遺言執行者にしておくと、金融機関の解約等で遺言執行者の資格証明が求められる場合に対応しやすい
2019年の民法改正(民法968条2項)により、自筆証書遺言に添付する財産目録については、本文と同一の用紙でなくてもよく、パソコン作成や通帳のコピー等も認められています。ただし財産目録の各ページに署名・押印が必要です。財産が多い場合は目録添付を活用すると、本文を短くまとめられます。
遺留分侵害額請求への実務的な備え
全財産を一人に渡す遺言書を作成する場合、遺留分を持つ相続人がいるときは事前に対策を講じておくことが重要です。
①付言事項の活用
付言事項は法的効力を持ちませんが、遺言者の意図・感謝・家族へのメッセージを記すことで、相続人の納得を促す効果があります。「なぜ一人に全財産を渡すのか」という理由を丁寧に書いておくことで、遺留分侵害額請求に至らないケースも実務上少なくありません。
②生命保険の活用
生命保険金の受取人変更は、原則として遺留分減殺(改正後:遺留分侵害額請求)の対象となる遺贈・贈与にはあたりません(最判平成14年11月5日)。遺留分を侵害する可能性がある相続人を保険金の受取人に指定しておくことで、遺留分に相当する金額を別途確保する方法があります。ただし、遺産に対して著しく高額な保険金が特定の相続人に流れる場合は、特別受益に準じて持ち戻しの対象となりうる点に注意が必要です(最決平成16年10月29日)。
③遺留分の事前放棄(民法1049条)
相続開始前(遺言者が生存中)に、遺留分権利者が家庭裁判所の許可を得て遺留分を事前に放棄することも可能です(民法1049条1項)。ただし、これは遺留分権利者自身の意思に基づく手続きであり、遺言者が強制することはできません。また、この放棄は他の相続人の遺留分には影響しません(民法1049条2項)。
④公正証書遺言の活用
自筆証書遺言は書き方を誤ると無効になるリスクがあります。特に全財産を一人に渡すという重要な意思は、公証人が関与する公正証書遺言にすることで、方式の不備による無効リスクをほぼゼロにできます。遺言が無効になると、相続は法定相続分に戻り、全財産を渡したかった相手にすべてが行かなくなります。
全財産を一人に渡す遺言書で最も多い失敗は「方式の不備による無効」と「遺留分への準備不足」の2つです。方式の不備は公正証書遺言にすれば防げます。遺留分への対策は、遺産の評価額・相続人の構成・流動資産の有無によって最適解が異なるため、遺言書作成と同時に弁護士に相談することを強くお勧めします。
よくある質問
Q:「全財産をまかせる」という書き方でも大丈夫ですか?
「まかせる」という表現は、法的には「与える」意味を含まないと解釈された裁判例があります(東京高判昭和61年6月18日)。「全財産を○○に相続させる」または「○○に遺贈する」と明確に書くことが重要です。曖昧な表現は遺言の解釈をめぐる紛争の原因になります。
Q:相続人でない人(内縁の妻、長年介護してくれた近所の方)に全財産を渡せますか?
「遺贈する」という形で、相続人でない方にも全財産を渡すことができます(民法964条)。ただし、相続人でない受遺者に対する遺贈では、不動産の登記手続き等が複雑になる場合があります。また、法定相続人(配偶者・子など)がいれば遺留分の問題も生じます。なお、内縁の配偶者には法定相続分がなく、遺言なしには相続できないため、遺言書の重要性が特に高くなります。
Q:遺言書があっても、相続人全員で合意すれば遺言と異なる分割ができますか?
遺言書が存在しても、相続人全員が合意すれば、遺言とは異なる内容で遺産分割をすることは原則として可能です。ただし遺言執行者が選任されている場合は、遺言執行者の同意も必要とされる場合があります。また、「全財産を一人に渡す」遺言に異議を唱える相続人がいれば、その合意形成自体が困難になります。
遺言書の内容についてご不安ですか?
「全財産を渡したいが遺留分が心配」「遺言書の書き方を確認したい」
弁護士が個別の状況に応じてご相談に応じます。
引用裁判例・参考条文・参考文献
- 永石一郎・鷹取信哉・下田久・夏苅一『〔改訂版〕ケース別 遺産分割協議書作成マニュアル』(新日本法規出版、2020年)p.43、p.227
- 久貴忠彦・泉久雄「第968条〔自筆証書遺言〕」谷口知平・久貴忠彦編『新版注釈民法(28)相続(3)補訂版』(有斐閣)p.88〜107
- 堂薗幹一郎・脇村真治・神吉康二・宇野直紀『逐条解説 改正相続法』(商事法務、2024年)
- 最高裁判所第一小法廷 昭和54年5月31日判決(最高裁判所民事判例集33巻4号445頁)——「吉日」の日付記載は無効
- 最高裁判所第一小法廷 平成元年2月16日判決(最高裁判所民事判例集43巻2号45頁)——拇印による押印は有効
- 最高裁判所第二小法廷 平成6年6月24日判決(最高裁判所裁判集民事172号733頁・家庭裁判月報47巻3号60頁)——封筒の封じ目への押印で有効
- 最高裁判所第一小法廷 平成14年11月5日判決(最高裁判所民事判例集56巻8号2069頁)——生命保険受取人変更は遺贈・贈与に当たらず遺留分減殺の対象外
- 最高裁判所第一小法廷 平成16年10月29日決定(最高裁判所民事判例集58巻7号1979頁)——著しく不公平な場合は生命保険金を特別受益に準じて扱う
- 東京高等裁判所 昭和61年6月18日判決(家庭裁判月報39巻4号38頁・判例タイムズ621号141頁)——「全財産をまかせる」は遺贈の意思表示に当たらないと判断した事例
- 民法第九百二条(遺言による相続分の指定)
- 民法第九百六十四条(包括遺贈及び特定遺贈)
- 民法第九百六十八条(自筆証書遺言)
- 民法第千四十二条(遺留分の帰属及びその割合)
- 民法第千四十六条(遺留分侵害額の請求)
- 民法第千四十八条(遺留分侵害額請求権の期間の制限)
- 民法第千四十九条(遺留分の放棄)

「子どもへの遺留分が心配」という相談はよく受けますが、実際に子どもが何人いて、各自の遺留分がいくらになるかを事前に計算しておくことが重要です。遺産が自宅不動産のみの場合、遺留分侵害額の請求を受けると現金で支払わなければならず、相続させた子どもが代償金の資金を準備できないケースがあります。遺言を作成する際は、遺留分の金額を念頭に置いて、生命保険や現金の準備も同時に検討することをお勧めします。