生命保険金・退職金は遺産分割の対象外——みなし相続財産の税法と民法の落差を弁護士が解説——【弁護士解説】
- 生命保険金・退職金は民法上の遺産ではなく、受取人の固有財産。遺産分割の対象外となる
- ただし相続税法ではみなし相続財産として課税される。非課税枠は500万円×法定相続人数(相続税法第十二条第一項第六号・第七号)
- 生命保険金は原則として特別受益に当たらないが、著しく多額で公平を著しく害する場合は例外的に特別受益に準じて扱われることがある
生命保険金・退職金は「遺産」ではない——受取人の固有財産
被相続人が死亡した場合、その財産は原則として相続人に引き継がれます(民法第896条)。しかし、生命保険金と死亡退職金については、この原則が当てはまりません。
生命保険契約で受取人が指定されている場合、保険金請求権は被相続人の死亡と同時に受取人に直接帰属します。すなわち、被相続人の財産として存在したことが一瞬もなく、直接受取人のものになるのです。この結果、保険金は遺産を構成せず、遺産分割の対象にはなりません。
受取人が指定されている場合は、遺産分割協議を行うことなく、指定された受取人が単独で保険金を受け取ることができます。遺言書がなくても、受取人指定によって特定の相続人に財産を集中させる効果が生まれます。
一方、受取人が指定されていない場合や、受取人を単に「相続人」と記載した場合は取扱いが異なります。判例では、受取人を「相続人」とした場合の保険金請求権は相続財産として扱われ、遺産分割の対象になるとする見解もあり、実務上注意が必要です。
死亡退職金についても同様の考え方が適用されます。会社の退職規程等によって受給者が指定されている場合、退職金は受給者固有の権利として支給されるため、遺産を構成しないとするのが判例・実務の原則的立場です。
しかし相続税では課税される——みなし相続財産の仕組み
民法上は遺産でなくとも、相続税法は独自の課税ロジックでこれらを把握します。それが「みなし相続財産」という考え方です。
相続税法は、死亡を契機として取得した一定の経済的利益については、実質的に相続と同視して課税することを認めています。死亡保険金と死亡退職金はその典型です。
一 被相続人の死亡により相続人その他の者が生命保険契約・・・の保険金・・・を取得した場合においては、当該保険金受取人について、当該保険金・・・のうち被相続人が負担した保険料の金額の当該契約に係る保険料で被相続人の死亡の時までに払い込まれたものの全額に対する割合に相当する部分
二 被相続人の死亡により相続人その他の者が当該被相続人に支給されるべきであつた退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与(政令で定める給付を含む。)で被相続人の死亡後三年以内に支給が確定したものの支給を受けた場合においては、当該給与の支給を受けた者について、当該給与」
もっとも、死亡保険金・退職金の全額が課税されるわけではありません。相続税法は一定の非課税枠を設けています。
非課税枠の計算式
500万円 × 法定相続人の数 = 非課税限度額
例)法定相続人が配偶者・子2名の計3名の場合:500万円 × 3名 = 1,500万円まで非課税
イ 第三条第一項第一号の被相続人の全ての相続人が取得した同号に掲げる保険金の合計額が五百万円に当該被相続人の第十五条第二項に規定する相続人の数を乗じて算出した金額(ロにおいて「保険金の非課税限度額」という。)以下である場合 当該相続人の取得した保険金の金額
ロ イに規定する合計額が当該保険金の非課税限度額を超える場合 当該保険金の非課税限度額に当該合計額のうちに当該相続人の取得した保険金の合計額の占める割合を乗じて算出した金額
七 相続人の取得した第三条第一項第二号に掲げる給与(以下この号において「退職手当金等」という。)については、イ又はロに掲げる場合の区分に応じそれぞれイ又はロに定める金額に相当する部分
イ 第三条第一項第二号の被相続人の全ての相続人が取得した退職手当金等の合計額が五百万円に当該被相続人の第十五条第二項に規定する相続人の数を乗じて算出した金額(ロにおいて「退職手当金等の非課税限度額」という。)以下である場合 当該相続人の取得した退職手当金等の金額
ロ イに規定する合計額が当該退職手当金等の非課税限度額を超える場合 当該退職手当金等の非課税限度額に当該合計額のうちに当該相続人の取得した退職手当金等の合計額の占める割合を乗じて算出した金額」
この非課税枠は、相続放棄をした人も法定相続人の数に含めてカウントします。また、非課税枠を超えた部分は相続税の課税価格に算入されます。
なお、死亡退職金や弔慰金も原則として同じ仕組みで扱われますが、弔慰金については業務上死亡か否かによって非課税範囲が異なります(弔慰金の非課税額は死亡退職金とは別途規定されています)。相続税の実務では、保険金・退職金・弔慰金それぞれを区別して計算することが必要です。
特別受益との関係——原則非該当・例外あり
遺産分割の場面では、特定の相続人が被相続人から生前に多額の贈与等を受けていた場合、その利益を相続分の前払いとして扱う「特別受益」制度があります(民法第903条)。「保険金をもらいすぎた相続人は特別受益として調整すべきでは」という主張が実務でしばしば出ます。
特別受益の対象は「遺贈」「婚姻・養子縁組のための贈与」「生計の資本としての贈与」に限られます。死亡保険金はこのいずれにも通常あてはまらないため、原則として特別受益には該当しないというのが判例・通説です。
「特段の事情」の判断要素——何が考慮されるか
最高裁平成16年決定は、特段の事情があるかどうかを「諸般の事情を総合考慮して判断すべき」としており、具体的には以下の要素が挙げられています。
- 保険金の額(絶対額)——保険金そのものの金額がどの程度か
- 遺産総額に対する比率——遺産全体のうち保険金が占める割合が高いほど問題になりやすい
- 同居の有無——受取人が被相続人と同居して生活を共にしていたか
- 介護等への貢献の度合い——受取人が被相続人の介護・療養に尽くしていたか
- 各相続人の生活実態——受取人とその他の相続人それぞれの生活状況・経済状況
実務的には、保険金が遺産総額に対して高い比率を占める場合に特に問題になりやすいとされています。ただし比率だけで決まるわけではなく、同居・介護の事情が加味されることで、かなりの高額でも特段の事情なしと判断されることがあります。判断が難しい場合は弁護士への早期相談が不可欠です。
参考として、民法第903条第2項〜第4項も確認しておきます。
第3項:「被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。」
第4項:「婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」
特別受益の例外が認められた場合でも、保険金そのものを取り戻すことはできません。持戻し計算の中で相続分の調整が行われるにとどまります。また「著しく不公平」という基準は抽象的であり、実務では紛争になりやすい論点です。
特別受益の例外は「著しく多額」という曖昧な基準で判断されます。遺産全体の財産規模に対して保険金が何割を占めるかなど、具体的な数字が重要になります。実務では保険金が遺産総額の半分を超えるケースで問題になりやすいとされていますが、それ自体が絶対的な基準ではなく、被相続人と受取人の関係(介護の有無・同居状況等)も考慮されます。不満を持つ相続人が声を上げてきた場合、早期に弁護士に相談されることをお勧めします。
まとめ——民法と税法の「二重構造」を正しく理解する
生命保険金・退職金に関する民法と相続税法の関係を整理すると、次のようになります。
- 民法(遺産分割の場面):受取人指定のある保険金・退職金は遺産外。遺産分割の対象にならない。ただし特段の事情がある場合は特別受益に準じた扱いが例外的に認められることがある。
- 相続税法(課税の場面):保険金・退職金はみなし相続財産として課税対象になる。ただし500万円×法定相続人数の非課税枠がある。
この二重構造を理解していないと、「遺産分割は終わった」と思っていたのに相続税の申告で保険金の課税漏れが発生したり、逆に「保険金も遺産分割の対象だ」と誤解した相続人との無用な紛争に巻き込まれたりすることになります。
保険金の受取人をどう設定するか、遺産の総額に対して保険金の規模が大きくなっていないかは、相続対策を進める上で弁護士・税理士と連携して検討すべき重要な論点です。
参考・引用
- 最高裁昭和40年2月2日判決(第三小法廷・昭和36年(オ)第1028号「保険金請求事件」・民集19巻1号1頁・判例タイムズ175号103頁)— 死亡保険金請求権が受取人固有の権利であることを確立した先例
- 最高裁平成16年10月29日決定(第二小法廷・平成16年(許)第11号・民集58巻7号1979頁・判例タイムズ1173号199頁)— 死亡保険金と民法903条特別受益の関係。著しく不公平な特段の事情がある場合の類推適用を認めた
- 民法第903条(特別受益者の相続分)
- 相続税法第三条(相続又は遺贈により取得したものとみなす場合)
- 相続税法第十二条(相続税の非課税財産)
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保険金の受取人指定は遺言書の代わりになるとよく言われますが、遺産分割の対象外であることが逆に問題になるケースもあります。他の相続人が保険金の存在を知らないまま遺産分割協議が進み、後になって揉める事例が少なくありません。受取人が誰で、どの金融機関にいくら入ったのかを、できる限り早い段階で全相続人に開示することが、紛争予防の第一歩です。